Gamelan Marga Sari -Blog-

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詩が詩を生んだ
何年前だったか、ジョグジャの我が家でこの方に会った。たまたま帰りの飛行機の便が一緒だったので、ガルーダの機内で舞踊のことなどを明け方近くまで話した。帰国して、しばらくして、その時のことを詩に書いたとメールが送られてきた。真知さんは詩を書く人だった。

奇妙な縁がつながっていて、ジョグジャとも、マルガサリとも、僕の出身高校とも、釜ヶ崎とも、つながっていた。その真知さんが、僕の「汚れた世界」を読んだといってメールを送ってくれた。詩が詩を生んだのだった。

まずは、送られてきたメール。

・・・ ・・・

詩を拝見して、私も佐久間さんとコラボレーションをしてみたくなり添付のようになりました。


私は16歳で飛田へ父に連れて行かれ、
それからは釜ヶ崎が気になりはじめ足を運ぶようになりました。

高校1年生の秋頃から拒食症・登校拒否に陥りましたが、
半世紀近く前の当時は「拒食症・登校拒否」という言葉もなく、
たんなる我が儘だと周囲は片付け症状は悪化しする一方でした。
(幼い頃から家庭がかなり複雑な環境でしたので・・)

そんな私をみて父が思いついたのが飛田でした。

冬だというのにどの家の引き戸も開けっ放しで、
玄関の板敷きに毛布を膝にかけた2,3人の女の子が正座していました。
彼女たちは当時の私と同い年くらいで、青白く痩せている姿も似ていました。
父は私に、
「こんなにまでして生きていかなあかん子らがいてるんや」と、言ったきり黙っていました。

私はなぜか、通りを行き交う男達に奇妙な存在感があるのを不思議に思いました。

それから70年安保闘争などで「釜ヶ崎」という愛隣地区をしるようになりました。

今は外部から多くの人が出入りしてNPOやボランティアグループも様々な活動していますが、
当時は孤島同然の地区で西成署員も手配師も遣りたい放題をニコヨン達にしていました。
酷い話をやまほど聞かされ、当時の愛隣地区では行路死亡者年間300人以上も出ていました。

マザーテレサが訪れた頃から徐々に変わりはじめましたが、
花博以降はドヤがホテルに変わってしまいアオカンが一気に増えてしまいました。

私は大きな手術をしてからもう10年ほど訪れていませんが、
佐久間さんの詩を拝見して懐かしくなりコラボレーションしてみました。
佐久間さんの詩から岡山さんとの関わりを外したので、
本当に不本意な思いでおいででしょうがご容赦くださいませ。

・・・ ・・・

で、ここからが詩です。一字落とした部分が真知さんの詩の部分です。

・・・ ・・・



エンドレス  佐久間新さんへ  三上 真知



靴の中の僕の足の指は、ジャワ舞踊を踊る時のように反り

かえっている。手の指は、重ねた手の甲のでっぱりをなぜ



タバコ屋のおばさんに、

 ドヤのおばはんを

自転車のおっちゃんに、

 一膳めし屋のおやっさんを

ホルモン焼き屋のにいちゃんに、

 屋台のあんちゃんを

ペンギンやお猿の看板に、

 三角公園の野良犬を

軽く手をあげたり、

 ゆうべのゲロを避けながら

鋭く体をひるがえしたりしながら、

 横目でやりすごそうとしても

話しかけ、触れていく。

 他所者の視野を鷲づかみにしてしまう



汚れた街、

 生ゴミと汚物の臭がしみついた地区

汚れた空、

 しかし……空は群青

汚れた服、

 小便臭い襤褸

汚れた体、

 べとついた髪どす黒い爪

汚れた心、

 いじけた蜆目

に生きながら、

 死ねもせず

息をし、歩き、しゃべり、

 咳き込み足を引きずり呂律は回らず

働き、食べて、飲んで、

 手配師、あぶれ、残飯、呑んだくれ

暮らしている。

 その日が暮れる



汚れることで、

 腸まで垢じみれば

交われることが、

 気配がコトッとはずれ

触れられることが、

 かえり見られる一瞬が

あるのだろう。

 ある。



釜ヶ崎の人たちに、

 釜のアオカンたちに *

僕のからだは反応する。

一緒に踊りたいと。

 わたしの魂が鎮められる



土から立ち上る朝靄や

白い葉の裏を見せて風に踊る木と、

水平線を見渡せる切り立った崖の上や

こぼれ落ちそうな満天の星の下で、

息を吸い込んだ空気が

からだとこころに染み渡っていくのを味わって、

目に見えない風やにおいの流れに波長を合わせることから

ダンスを始めてきた僕のからだは、

 芋名月の十三夜

 萩芒桔梗撫子女郎花葛藤袴

 夜ながを鳴きとおす虫の音も

 かおる金木犀もうすれ 

 花水木が街路を錦に染めかえた

 水子を連れた若いわたしは

 地面に落ちた南京櫨の白い実を

 グシャッグシャッと踏み潰して歩いていた



右足の足首に少し力を入れて、

膝があまり曲がらないようにしながら、

靴底を地面から引き上げる。

やや前屈みの重心を利用して、

振り子のように放り出された足が着地する。

腰骨と肩の右側に一瞬あらわれたバランスを、

左足が追いかける。

 ココデ何ガ起キテ

 ココデ何ガ葬ラレテ

 苦シミガ生マレテルカ

 外ニハ何モ知ラサレイマセン

 何デモイイカラ

 誰デモイイカラ

 伝エテクダサイ

 水子のために

 祈りを乞いに訪れたわたしに

 シュヌーデンベルク神父は諭された



キャップの下で結ばれた口元は、

沸き上がる言葉を道端へこぼしている。

 愛隣地区の周りには

 奇妙なことに宝飾店がいくつもあった

 「それだけ釜はええ儲けになるとこなんや

 日雇いをクイモンにしたらなんばでも稼げるんや」

 飯場の金をくすねた

 前歴不詳の男が吹聴していた



 懐に抱いた西洋人形の金髪カールを

 指に絡めながら

 壊れた機械のように喋る肺病み男が

 最期は『マッチ売りの少女』のように

 お母さんと逝きたいと繰り返した



 邯鄲の夢一炊の夢黄粱の夢邯鄲夢の枕邯鄲の歩



(注)

    佐久間新=ジャワ舞踏家・王宮の嘱託舞踊家活動・現在は

ガムラングループ「マルガサリ」に所属し公演活動  

アオカン(青邯)=野宿(中国の『枕中記』より)

・・・ ・・・

さらに詩が生まれた人があれば、どうぞ。

と書いていたら、きむきがんさんからメールが来た。

どうやら台本が出来たらしい。詩は、芝居へもつながった。

(佐久間新)
 


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Comment
≪この記事へのコメント≫
さらに詩
しはしばいにつながり
しばいにおどりはつきもので
けいさつやきどうたいが
かんししてきた かまがさきに
しじんや ぶとうかが
まちのこきゅうに みみをすます

たたずまい いでたち とわずがたり
かりずまい あおだだみ ワンカップ

毛布かけられ
ムシロかけられ
灯油かけられ

あきらめる?
あるいてみる?
アルミ缶

地下鉄も
通天閣も
太陽の塔も
原発も
新幹線も
高速も

ダンボール集めるリヤカーの
タイヤよろしくまわるおもいで

おもいでひろいながら
呪文のように つぶやいてみる
アンコかて人間や………
2011/11/14(月) 21:00 | URL | しん平 #-[ 編集]
しん平さん
ありがとうございます。
さらに詩ですね。
しん、つながりですね。

この詩、上でも、日記でも、
公演の告知とともに、紹介させてくださいね。
公演を、楽しみにしています、どうなりますことやら。
2011/11/16(水) 00:48 | URL | さくましん #JvQfqRII[ 編集]
つながる 詩
きょうみしんしんで、かけつけた
飛田会館
詩人やラッパーとともに
ステージにあがった舞踏家は
最初は舞踏家には見えず
しんそこ おどろいた

じょうはんしん裸の
障がいをもった釜ヶ崎の住人だと思ってた
住人は十人十色
それが釜ヶ崎
圧巻の詩とパフォーマンスに釘づけになり
気がつけば
となりにすわっていたキガンちゃんが
しんさんのところに はしっていってた

しんしんと釜ヶ崎の町にも
雪はふりつもり
洗い髪もしんまでひえて
えんぴつのしんをなめながら
あたらしい しを かきとめておこう

しん平は
しんさんのご参加を
こころまちにしています
しんぱいも しんぼうも しんらいに かわり
クリスマスをむかえる
しんやく聖書よむ


しんさん、よろしくお願いします
2011/11/16(水) 05:22 | URL | しん平 #-[ 編集]
はいはい、しん平さん。

しんらい、しんゆう、しんじつ
 
しんさん、しんらつ、しんこく

しんは、いいことばがいっぱい。

したしい、ほんもんの、あたらしい
しばいがうまれるかな。

たのしみですね。
2011/11/17(木) 10:43 | URL | さくましん #JvQfqRII[ 編集]
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