Gamelan Marga Sari -Blog-

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タマゴ大王の陰謀
7月6日
コタ・バルにあるBOSA高校へ。野村誠さんが東日本震災のイベントを行ったときに参加した舞踊家のスワルトさんが勤めている高校。スキンヘッドにしている彼を誠さんはツルツルさんと呼んで、頻繁に会っているらしかった。なのに、不思議なことに僕はまったく面識が無かった。隣町のソロ出身とはいえ、イウィンさんとはISIで同級だったし、ベン・スハルトさんとも親交が厚い。交わりそうで交わらないとなりの宇宙にいたのだろうか。

BOSA高校は、週末に行われるガムラン・フェスティバルに出演することになっていて、演目の一部を僕らとコラボすることになっていた。それで、誠さんと公美子さんが事前にマルガサリ版「桃太郎」の楽曲の一部を仕込んでおいてくれたのだ。11時に到着すると、講堂では、リハーサルが行われていた。高校生だけの演目は、インドネシアの創世をテーマにしたような感じで、ジャワ舞踊やヒップホップやなんやかのダンスと、ガムランとサックスとギターとドラムなどの音楽とが入り混じりなんとも言えない高校生的雰囲気を出していた。

「桃太郎」では、僕とスワルトさんが戦い、音楽がそれに合わせる場面と、中川真さんがタマゴ大王に扮して即興芝居をする場面とをすることになった。ダンスで音楽を動かす部分を練習してみた。スワルトさんもすぐに感じをつかんでくれた。高校生たちは、すぐにこつをつかんでくれる子もいるし、いつまでも楽譜に首っ引きでダンスを見てくれない子もいた。その後の真さんが扮するタマゴ大王の場面を見ていて、ふつふつと思いが立ち上がって来た。

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今時のジャワの高校生と日本人のガムラン演奏家やジャワ舞踊家と作曲家が、ガムランを使って交わっている不思議。2009年に、ガムランエイドのジャワツアーで、タマゴ大王は、田舎のガムランとも共演した。田舎のワヤンに飛び入り出演したのだった。手練手管のダラン(人形遣)にいらわれまくって、ジャワの観客がどっと笑う。これはこれで面白いんだけど、ジャワ人しか楽しめない。ジャワのガムランやワヤンは、何百年もの間、濃厚なコミュニティの中で極限まで発展した。物語も、人形も、音楽も洗練されまくっていて、かっこいい。外国人の僕らは、必死でそこにくらいついて、そのテクニックを、精神を、芸の豊かさを、芸を育んだ文化やコミュニティを理解しようとした。何人かの外国人は、そのコミュニティに入る事にも成功した。僕も、舞踊の世界で、ジャワ人に肉薄したいと思い続けている。

しかし、BOSA高校の生徒たちを見ていると、もはや大半の子は、ワヤンの世界には入っていけないだろうと思う。観客として楽しむ事はできるかもしれないけれど、プレーヤーとして参加するのは難しいだろう。ガムランを学んだ外国人の大学教授がからだを張ってガムランに飛び込んで、楽器の真ん中で即興芝居をしていることは、どんな意味を持つのだろう。ガムランの楽しみを、ジャワ人自身から解放しているのかもしれない。高度に発達しすぎたコードから。タマゴ大王の寒いギャクや冷や汗や脂汗は、変わり続ける社会の中で、ガムランの持つ可能性を、もっともっとみんなで探ろうともがいている姿なんじゃないかと。

ガムランの響きにギターとドラムが入ると、高校生のにおいが流れはじめた。2009年に、オーストリアのクレムスの音楽高校で聞いた響きと重なった。あの時は、ブラスバンドを、真さんとタイの音楽家のアナンさんがガムラン風にアレンジしたのだった。オーストリアの高校がブラスバンドで奏でるガムラン。ジャワの高校生がガムランで奏でるロック。

この日の夜は、大阪市大から東南アジアのアートマネージメントを研究する雨森信さんと林朋子さんと、東京から多文化多言語による教材開発を研究している横田和子さんが到着の予定だった。誠さんと空港へ迎えにいった。到着した3人をローバーと言う名のジャワの愛車にのせて、アリーズで雨森さんと林さんを下ろして、我が家へ戻った。誠さん、公美子さん、横田さんと僕の4人で、近所の屋台へ遅い晩ご飯へ出かけた。路上のござでナシゴレンを食べた。横田さんは、僕と同時期にモンゴルへ留学していたのだった。南十字星が上がっていた。ナシゴレンとお茶で6000ルピア(60円)。

7月7日
10時に、マングナン小学校のみんなが我が家へやって来る。まずは、張り型の馬を使ったダンスの練習。おとなだってそうだけど、自由に踊れったって、なかなか難しい。だけど、何かとっかかりがあれば、意外とうまくいく。馬にまたがっていれば、すこし落ち着くのだ。すこしずつ、いつもやっている形から崩していく。最後には、馬が無くても踊れるようになればいいけどなあ、と思いながらWS。

女の子グループ4人とは、将棋作曲の続き。誠さん、公美子さん、ISIの西洋音楽学科卒の作曲家ギギーさん、ISIのガムラン学科卒の作曲家ウェリーさんが加わる。僕は、音に合わせてダンスし続ける役。将棋作曲は、音と人間に信頼を置いた作曲法だと思う。今回はガムラン楽器を使ってやってみることに。女の子たちは、生まれて始めてガムランを触る。誠さんが短いフレーズをスレンテムで弾く。何度も繰り返す。ひとり目の女の子が、楽器を選んで、誠さんの音を聞いて、自分の音を探る。気に入ったのができれば、自分なりの方法で、大きな紙にメモをする。結局、ガンバン(木琴)で静かなきれいな旋律を作った。次は、ウェリーさんがボナンを選んで、踊るように演奏する。そして、それを大きな紙に記譜する。といった具合に、どんどん回していく。それを3周やってみた。演奏は、静かな響きから、徐々に豊かな響きになり、やがてあふれ流れ始めた。ガムランの伝統音楽とは違うけれど、ものすごくグルーブがある。僕はずっと踊り続けているが、楽器に無い音も聞こえ始めた。伝統音楽のときにも、いい演奏のときには起こる現象だ。演奏は1時間以上続いた。女の子たちも、音楽を楽しんでいた。最後は、ひとりずつ消えていって、西洋人とインドネシア人のハーフの女の子が演奏するパキンの透明な旋律が残った。

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小学生のお母さんが作った魚と野菜の入ったナシ・ブンクス(お弁当)の昼食。

16時に、タマン・ブダヤ(文化会館)へ。ガムラン・フェスティバルの初日。BOSA高校の公演のリハ。1000人以上入るホールは、イラストのあるインタビューゾーンとかもあって、フェスティバルの雰囲気になっている。控え室に入ると、ここでもご飯。ビュッフェスタイルになっている。給仕のボランティアがいて、食後にゴミの分類をするようになっている。とにかく出演者が多い、この日はBOSA高校とプジョクスマン舞踊団とまだ他にも。100人以上の出演者。

リハが終わった後、控え室でスワルトさんと即興で踊った。とてもよかった。彼も、何かを感じてくれたようだった。ベン・スハルトさんの話を少しした。ねじれていた宇宙が交わった。

本番は、超満員だった。僕の踊りよりも、真さんのタマゴ大王が受けていた。この日は、ギャグも冴えていた、というか会場が楽しみ方を知っているようだった。たくみなMCの進行にも、ドッと沸いていた。10代や20代の観客が多かったような気がする。

ガムラン・フェスティバルは、今年で16回目。僕が留学した年に始まったことになる。まだ、ジョグジャで何も知らなかった僕に、フェスティバルの主催者のサプト・ラハルジョさんが、当時僕が所属していた大阪のガムラングループのダルマブダヤに出演してほしいと、声をかけて来た。その彼も、今はもう亡くなってしまった。その翌年、ダルマブダヤはタマン・ブダヤで単独公演を行った。あの頃のジョグジャの観客は、やじったり、飛び入りで出演したりする若者がたくさんいた。僕も飛び入りで踊り、そこへ出て来た長髪にジーパンの観客ともくんずほぐれつで踊った。

同じ年にあった第2回ガムラン・フェスティバルでは、オランダのガムラングループが指揮者を使っていて、観客に思いっきりやじられていた。段々と指揮者が怒り出し、観客はますますやじり、ヒヤヒヤした最後の最後には、観客も指揮者も笑い出したのだった。ついこの間のことのようでもあるし、独裁政権下独特の空気が渦巻いていただいぶ前の出来事のような気もする。

フェスティバル終了後、すぐ近くにあるスルタンの弟のグスティ・ユドのプンドポへ向かった。滅多に出さないという古いきらびやかなガムランを並べて、隣町ソロとエジンバラ公演用の練習をしていた。何台も並んだサロンを、年配のおじさんたちが一糸乱れぬ息で叩き続けていた。力強い音が夜更けのプンドポに響いた。

(まだまだ続く)

(佐久間新)

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