Gamelan Marga Sari -Blog-

*ガムラン マルガサリ*のメンバーによるブログです.
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段ボールダンス
2月28日
湯たんぽが2段重ねのふとんからコロンと落ちて、寒さで目を覚ます。朝食は大広間。高野山の昭和初期の映像がプロジェクターから投影されている。あまりにも音が大きいので、頼んで少し下げてもらった。ガムランエイドの面々がお膳を囲んでいる。広間の半分は、アメリカ人らしき若者の団体。去年や一昨年ほどおいしく感じられない朝ご飯をいただく。

年に1回のガムランエイドの高野山合宿。ようは泊まり込みのミーティング兼宴会。中川真さんだけが求心力という緩い団体なので、何か楽しみがないと集まれないのだ。ザパーンと朝風呂につかって、そのまま朝の散歩。高級ごま豆腐店で一休みして、金剛峰寺へ。ここで、僕はタイムアップになってしまったので、阪大生の秋山さんと下山。

不思議と来る時ほどは大変とは感じなかったけど、険しい山道を真っ赤なカローラで下る。この日は、2時に西成のココルームで上田カナヨさんと待ち合わせをしていた。マルガサリの公演で、釜ヶ崎の人とダンスがしたかったので、そのお手伝いを頼んでいたのだ。すこし遅れてココルームに到着。

カナヨさんのパートナーのミノルさんが案内役を買って出てくれた。ニット帽をかぶって優しい顔をしたミノルさんは、もう何十年もこの界隈で活動している活動家。すれ違うおっちゃんから、「おう委員長!」と声がかかることもある。トクソウやセンターを回る。この界隈を歩いたことはあったが、いつも少しびくびく警戒しながらの腰が引けた感じだった。この日は、シェルターという簡易宿泊所の中やセンターの奥深くまでずんずんと入って行った。

ああ、これは・・・。そうだ、ジャワに行き始めた頃の感じだ。ガムランの先生についてどんどんとディープな世界に入り込んだ時の感じ。路上で寝ているおっちゃんや段ボールの上で時代小説を読んでいるおっちゃんや紹介所の待ち合い室でワンカップの赤い液体を飲みながら俳句を詠むおっちゃんたちと、僕はなんとかコミュニケーションをはかろうとしている。すこし、ハイになっていた。

禁酒の館へ行って、時代小説のおっちゃんが、「あの人のリアカーを引く後ろ姿は、いいよお。」と推薦してくれたマサオさんに会うことができた。携帯電話!の番号を交換して、マサオさんの段ボール回収の仕事に同行する約束をした。霊場高野山と釜ヶ崎とは南海電車でつながっている。なんという1日か。

3月3日
5時に起きて窓の外を見ると、薄暗がりに雪が光っていた。東の山際には、細い細い月が上ろうとしていた。新今宮のローソンに7時の約束。ここのローソンは待ち合わせ場所になっているのだろう、次から次へとバンがやってきて、ニッカーボッカーのおっちゃんやにいちゃんたちを拾って行く。横断歩道の向こうに、リアカーを引いたマサオさんがあらわれた。手を振って合図をすると、笑っていた。

ローソンの店員とは顔なじみらしく、手際よく店内から段ボールのカートを押してきて、段ボールをリアカーに載せていく。すぐにリアカーがそこそこいっぱいになる。ここへは週に3回来ることになっているらしい。線路沿いにある資源ゴミの引き取り所へ。52キロで364円だった。トクソウへリアカーを戻し、歩いていると、マサオさんが「何飲む?」と自動販売機にお金を入れている。おごってもらう訳にもいかないんだけど・・・。サンガリアのコーヒーは50円だった。364円?50円、味わって飲まないと・・・。

僕はコーヒーを、マサオさんはロイヤルミルクティを飲みながら、おしゃべり。うどん屋、自衛隊、セメント工場の掃除夫、北海道旅行、沖縄でのデモの話を聞く。入れ替わり立ち替わり、ほかのおっちゃんも話に入ってくる。893の話、借金取りの話、博打の話、入ったら戻って来れない怖い病院の話。

マサオさんの手を握ってみた。マメのある少し固い手。手を軽く重ねあわせて動かしてみる。ああ、とてもいい感じ。関節はこわばっているけど、動きでスムーズにコミュニケーションできる感じ、繊細な感じ。手、腕、指を、丁寧に動かしていく。マサオさんは、まったく飽きる気配がない、こちらが根負けしそうなくらい。おしゃべりをはさみながら、からだでもおしゃべりをした。

一旦センターへ戻る。55歳以上の人が働ける掃除の仕事を斡旋する時間。登録書の番号順に毎日仕事が紹介される。この日は1600番台の番号が呼び上げられていく。こなれた風情のこの人も55歳以上であろう役人らしきおじさんが、拡声器を斜め45度にして口に当てながら、最小限のだみ声で番号を読み上げていく、「1650、、51、52、53、54....。」分厚いジャンパーを着た男たちが無言で列を作って、小股で進んでいく。

センターの2階の一角には、食堂がある。これ以上ないくらい煤けた壁の一部が開いてカウンターになっている。飯、味飯、卵焼き、みそ汁。厨房には湯気が舞い、おばちゃんが躍っている。おっさんが机の下の桟にがに股に開いた足を置いて、真っ白に光ったご飯をかき込んでいる。人間、食べないと生きていけない、と当たり前のことを思う。妙に、うまそうだった。

マサオさんの番号は一桁。1800番から1番に戻ったので、マサオさんは仕事をゲットした。1時から6時まで清掃の仕事をして、5千円あまり。ただし、4日に1回くらいしか、この仕事は回ってこない。センターを出て、もう一度、段ボール回収へ出た。今度は、160円ほど。

マサオさんとココルームへ行ってランチ。次回の約束をして、別れる。カナヨさんが、後ふたり踊ってくれそうな人がいるよ、と教えてくれる。ふたりで、探しにいく。ミシンが得意なMさんは、ズボンの裾上げなどをしている店で働いていた。とても繁盛していた。道ばたの露店では、300円くらいでズボンを売っているんだけど、おっちゃんたちは、ちゃんと裾上げをしてはいているのだ。そんなところもジャワみたい。薄いサングラスをかけて、マフラーとニットのセーターをうまくコーディネートしたおっちゃんが革の素材を持ってきて、パンツをオーダーしていった。漫画のまんまのおっちゃんは、ルー大柴より上等の英語をしゃべりまくり去っていった。

この日は、16時30分から、たんぽぽの家で編集会議があった。本間さん家経由で奈良へ。去年からやっている「言語から身振りへ」のプロジェクトで作成中のハンドブックの編集会議。僕がやった老人ホームでのワークショップが、ハンドブックの骨格になっている。責任重大である。あらかたそろった原稿の並べ方を巡って、ああでもないこうでもないと。

その後は、引き続きたんぽぽの家でワークショップ。この間の「臨床するアート」に来てくれていた方など、新しい参加者が5名。ペットボトルやガムランを使ったワークショップ。久々に振り子奏法をやってみた。そのまま寝てしまいそうな方もいた。終了後、亀岡に住んでいる参加者のリコさんを送って帰宅すると12時だった。ふ?、長い長い一日だった。
(佐久間新)
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