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音楽考古学者、そして、二月堂の五体投地
3月4日
みんぱくにアルセニオ・ニコラスさんを迎えに行く。アルセニオさんは、フィリピン人の音楽考古学者。みんぱくに研究員で来日中。東南アジアの海域に沈んだガムランの研究をしているという。1970年代にジャワ島のソロにガムラン留学をしたことがあり,インドネシア語がペラペラである。関西でのガムラン活動も見てみたいと言うことで,たんぽぽの家でやっている僕のワークショップを見学しに行くことに。本間直樹さんもいるので、車中は英語とインドネシア語のチャンプール。

たんぽぽの家では,月に2回木曜日の夜に,音楽とダンスのワークショップをしている。本間さんと行くようになって,もうすぐで4年。ここでは、ジャワの古典舞踊をするのではなく、ジャワ舞踊からヒントを得たからだの動かし方にいろいろチャレンジしている。僕自身、ここでのダンスワークからたくさんのことを学んだ。自由にやらせてもらって,ほんとうにありがたい。その中でも,昨年から取り組んでいるのが,振り子奏法をはじめとするダンスと演奏が一体化した「さんずい」プロジェクト。椅子や床の上で,振り子になって揺れる。揺れた先にガムラン楽器があり、当たったり当たらなかったりする。音が鳴ったり,鳴らなかったりする。鳴らないことも受け入れて,音とともにただ揺れるだけという境地に達してくると、かなりいい音が鳴るし,いい動きになる。が、これがなかなか難しい。たんぽぽの家のみなさんは、だいぶ熟達してきている。こんな風変わりなガムランやっているチームはなかなか無いだろうなあ。

そんな風変わりな様子を、アルセニオさんは興味深そうな顔でじっと見つめている。鼓膜を悪くして、音楽をあきらめた彼が,高野山の根本大塔の法輪の先に吊るされた鐘が風に揺られてささやくような、ガムランの音に耳をすましている。この音だったら、耳に悪くないそうだ。この日,アルセニオさんが奈良に来た目的はもうひとつ、東大寺二月堂のお水取り。ワークショップを終えて,たんぽぽの岡部さんも一緒に4人で二月堂へ向かった。しかし、京都へ帰る電車がギリギリになったので,アルセニオさんは帰ることになった。申し訳ないと謝るが,いいワークショップを見れたと全然気にしていない感じ。気遣いの人だなあ。笑顔に救われる。再会を約束して,JR奈良駅でさようなら。

二月堂では、3月になるとお水取りがある。1200年以上,1年も欠かさずに毎年続けられている。2週間に渡って,お松明や声明が続けられ、3月12日の深夜にお水取りが行われる。僕は,20年前に中川真さんにすすめられて,以後何度か見に来たことがある。その時に、印象に残ったのが,深夜にお堂の中で行われる五体投地だった。この日も、久々にぜひ見てみたいと思っていた。

二月堂の裏辺りに着いたのが,11時頃だったか。小雨の降る静かな境内を歩き,階段を上がって二月堂へ。声明が低く、響いている。確か,お堂の周りの扉を開けると小さな部屋があって,そこからのぞき見られるはずだった。20年前は,北側の局から見た記憶がある。3人で入り口を探しながらグルリと回っていくと、西側の見晴らしのいい舞台へ出た。雨の夜景に思わず息をのんだ。木の扉がわずかに開いていた。どうやら中にも先客がいるらしい。そぉっと中へ入った。10名ほどの先客がいる。目が慣れるのを待ち,ゆっくり正座のまま前ににじり寄って,堂内とを隔てている格子に近づいた。声明が鳴り響き,中央に掛けられた白い幕に、歩き回る僧侶の影が映っている。ワヤンのようだ。やがて、ひとりの僧侶が目の前にやってきた。

ターンッ!

と音が鳴り響いた。床の上に置かれた長い木の上に勢いよく倒れ込んでいるのだ。久しぶりに聞いた音だが、これは、


振り子奏法の音
「さんずい」の中の倒れ込み奏法の音
坂道プロジェクトの坂での寝返り
ジャワ舞踊の波の動き

ともつながっている音であり、動きだった。

和太鼓奏者で黒拍子の安田典幸さんは、「太鼓は、ほんとはバチを投げつけた方がどれだけいい音がするか。手は,邪魔なんですよ。」と言っていた。
それをヒントに生まれた倒れ込み奏法。自分を消し去って,バチとともに鍵盤に落下する奏法。楽器の持つ最大限の音を引き出す。
そして、バチ振り子奏法。バチをやじろべえのように指の上にのせて,自分の力を消して,バチの揺れだけで音を鳴らす奏法。こちらは、最小限の力で、バチと鍵盤が出会って響きあい、小さないい音がなる。

動きでいえば,こんな感じ。
坂道に立てば,重力を感じる。からだを楽にしていれば、からだが滑り出して,階段だって水のように落ちていける。
ジャワ舞踊の時に,自分を小さくしていって,操られたような意識になり、動いていく感じ。

そんなことともつながっている気がする。
(佐久間新)

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