Gamelan Marga Sari -Blog-

*ガムラン マルガサリ*のメンバーによるブログです.
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ジョグジャ,そして上海へ
12月2日
9時関空集合。4階の出発口で野村誠さんと薮公美子さんと合流。ガルーダ航空でデンパサールへ。モニターでインドネシア映画を2本見る。デンパサールの国内線出発口近くでクイチャウ・ゴレン(焼ききしめん)を食べて,ジョグジャへ。イウィンさんの弟のアンバルとブナが迎えにきてくれている。タマン・シスワ通りの我が家へ。イウィンさんや家族が出迎えてくれる。下宿をしている筑波大学のエリナさんとも初対面。彼女はISIの舞踊科に留学中。ビールで乾杯しながら,みんなで談笑。天井の高いホールに寝転がるのが気持ちいい。からだがしっとりしてくる。

12月3日
朝からジョグジャの愛車キジャン・ローバーでISIへ。やぶちゃんが来年から留学したいというので、その下見が今回の旅の主な目的。彼女は,イギリスのヨーク大学でコミュニティ・ミュージックを研究している時に,ガムランに出会った。先月、ヨーク大学に修士論文を提出したので,一緒に本場のガムランを見に来たのだ。ISIは教官と学生が、台湾ツアーへ30数人出かけているとかで,ちょっと寂しい。それでも、舞踊科とカラウィタン(ガムラン)科を見学。昼前に我が家へ戻る。今年は、秋にISIから6人とプジョクスマン舞踊団から11人が来日して,合同のコンサートを行った。その時のみんなと普段からお世話になっている方々を招いてのパーティ。30人くらいが集まってくれた。我が家に下宿しているベネズエラ人のルイサナさんともやっと会えた。

ジョグジャで、フェスティバル・ムシック・コンテンポレール(現代音楽フェスティバル)を主催しているマイケル・アスモロさんといろいろとしゃべった。このフェスに、僕と野村さんがやっているキーボード・コレオグラフィーで参加できないかと考えていたが,すこし難しい感じだった。今のところこのフェスティバルでアスモロさんは、ジョグジャの若い世代の音楽家に、西洋の古典的!現代音楽を、まずは学んで欲しいという教育的な意図があるようだった。

夜は、RRI(国営ラジオ局)のホールで行われていたクトプラ(ガムラン伴奏付き大衆演劇)へ。今まで敬遠していてあまり見ていなかったが,とても面白かった。芸達者な役者が,芝居,歌,ダンスを自由自在に横断していた。笑いを取るのも実にうまい。「桃太郎」のようでもあり、マイケル・ジャクソンのようでもあった。

12月4日
マリオボロ通りへ。車を止めて,ワヤン・カンチル(子供ためのワヤン)で有名なルジャルさんの家の前を通りかかると,マルガサリのユリちゃんがルジャルさんとワヤンを並べていた・・・。野村さんとやぶちゃんとパダン料理を食べに行く。テールスープがめっぽううまい。野村さんは汗をダラダラ。アルン・アルン・スラタン(王宮南広場)近くにあるギャラリーへ。野村さんが福岡トリエンナーレで知り合ったジョグジャの芸術家アンキさんが共同で借りているスペース。中庭が気持ちいい。ジョグジャのファイン・アートの人たちは,快適な中庭を作る名人だ。アンキさんは、なかなかぶっ飛んでいて,音楽のイベントも企画しているようだ。ここでも、なにかできそう。

夜は,ジョグジャから車で1時間のウォノサリで行われているフェスティバル・スンドラタリ(舞踊劇フェスティバル)へ。芸術高校の校長先生であるスナルディさんが車を出してくれた。僕のと2台で,総勢10人で行った。ジョグジャ州の県対抗のコンテストである。イウィンさんは,1998年に最優秀コレオグラファー賞、1999年に最優秀コスチューム賞を取っている。各県の出し物が25分×5県。小道具、大道具,影絵もあり、子供も出てきたりで、かなり賑やかだ。

23時の終演後,帰りにビーフン・ゴレン(焼きビーフン)とビーフン・ゴドック(汁ビーフン)を出す店に寄ってから帰宅。ブナはフラフラだったが、ビーフン・ゴドックを食べたところで沈没。天井の高いホールで、野村さんとやぶちゃんと感想を語りながら明け方近くまでしゃべった。僕は,留学中から、このスンドラタリがあまり好きではなかった。というか、憎んでもいた。ジャワ舞踊のとても大切なところを削り取っていっているような気がしたからだ。どんどんとテンポが速くなり,動きが派手になっている。今回も,同じような感想を持った。もちろん、所々に面白い試みもあるし,能力の高い舞踊家もいるけれども、全体としては,新しい創作をしようとしているが,あらたな形式がうまれ、そこで停滞している感じなのだ。古典に迫り,超えて行くような何かが感じられないのだ。

12月5日
朝からアンバルのバイクを借りて,ブナを後ろに載せて出かける。まずは,1995年の留学中にISIで同期だったちのさんの家へ。彼女はバティックを学んで,その後、ジャワ人と結婚して,一時は広島にも住んで,今はジャワへ戻ってきて,一児の母をしている。その間,何度か会っていたが,しゃべるのは久しぶりだった。留学中は、ビールを一緒に飲める貴重な友人だった。ニティプラヤンのちのさんのお宅から少し南へ,マドキスモ砂糖工場の近くにあるジニさんーとランテップさん夫婦の家へ。ジニーさんは,1996年にISIへ留学へやってきた。1年後輩である。韓国系アメリカ人の彼女とは,その後ずっと関係が続いている。お互いジャワ人の舞踊家と結婚して,子供を持つようになった。舞踊がとても上手な彼女と同じ時期に留学できたことは,僕にとって,とても運命的なことだった。このことは、いずれゆっくり書かねば・・・。彼女たちには,ジーファンとモーハンという二人の男の子がいる。半年違いのブナとジーファンは、互いに意識しながら育ってきている。久々の再会,5歳と6歳の二人は自我が芽生えはじめたのか、はじめは照れくさそうにしていたが,3歳のモーハンが元気にはしゃいでいると、やがて気持ちがほぐれてきたようだった。

昼からは,みんなで買い物に出かけ,あっと言う間に夕方に。アスモロさんがやってきた。付き合いがいいなぁ。ちのさんと息子さんのセトくんもやってきた。ジャワで大きくなったけど,お母さんとは日本語で話しているので,スムーズな日本語を話す。はにかむ様子がかわいい。7時になった,みんなバイバイ。また、近いうちにやってきます!!

12月7日
夕方まで,大阪刑務所で通訳の仕事。明日からは,なんと上海へ。「日中の障碍者による文化創造と社会参加」というイベントに参加することになっている。奈良のたんぽぽの家と福岡の工房まるのみなさんと、フォーラムとワークショップに参加する予定。僕は、伊藤愛子さんとパフォーマンスとワークショップをする。上海でも,ペットボトルや波をやってみようかな?また,報告します。パッキングをしなければ・・・。
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