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おくりびと
「おくりびと」がアカデミー賞を受賞した。映画はまだ見ていないが、ベン・スハルトさんが亡くなった日のことを思い出した。

ベンさんは、僕がジャワ舞踊をするきっかけになった舞踊家。大学生の頃、始めて日本であった時、びっくりした。どうして父親の兄弟がここにいるのか?という感じだった。

踊りを見て、またびっくりした。こんな風に踊ってみたい、と思った。ベンさんは、当時ISI(インネシア芸術大学ジョグジャカルタ校)のパフォーミング・アーツ学部の学部長だった。

それから数年して、僕はベンさんの大学で学ぶことになった。留学して2年が経過した頃、ジョグジャ王宮で大きな舞台があり、その時に始めて同じ舞台に上がった。もちろんベンさんは主役、僕はその他大勢の神々という端役だった。

ベンさんの踊りは、なんというか、いいお酒が水に近づくように、とてもシンプルだった。変な言い方だが、ジャワのいい舞踊家の平均値を出したようなダンス。

その頃、中川真さんやスボウォさん達と一緒に、ISIでパフォーマンスをした。竹で編んだ鳥カゴに入ったりする変なパフォーマンス。その頃の僕は、伝統舞踊を習う留学生で、即興のパフォーマンスなんてうまくできないのに、随分大胆だったなぁ。

ベンさんも見に来てくれていて、終わった後、僕のダンスをまねしながら、「いいスピリットだった。」と、笑って言ってくれた。

その年の後半、ベンさんの具合が急激に悪くなっていった。直腸ガンだった。亡くなる少し前に、家へ見舞いにうかがうと、無精髭を伸ばしたベンさんが、寝ころぶのがつらいので、立ったまま寝てるんだ、と笑いながら応対してくれた。

1997年12月27日、ベンさんが亡くなった。妹で、舞踊家でありISIの先生でもあったスハルティさんの家でお葬式があった。
中庭にあるプンドポ(ジャワの伝統家屋)には、たくさんの人が集まっていた。

棺には、ベンさんが横たわっていた。真新しい真っ白なジャワの正装姿で、顔には化粧が施されていた。言葉に出来ないほとばしりがごうごうと押し寄せてきた。


ジャワの舞踊批評家であるサル・ムルギヤントさんが、亡くなったベンさんへの手紙を英語で書いています。ベンさんの写真もあります。
http://www.danceadvance.org/03archives/suharto/index.html

今日は雪。昼から降り続いています。一面真っ白です。
(佐久間新)
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