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私たちはなぜ鬼と戦わなければならないのか?
私たちはなぜ鬼と戦わなければならないのか?

鬼が島で何があったのか。
それが私たちの『桃太郎』の出発点であり、終着点です。

 民話では、鬼が島で桃太郎たちと鬼たちとが戦い、桃太郎が勝利します。しかしマルガサリは、この作品に取りかかった当初から、悪いことをした鬼をやっつけるという「成敗(せいばい)」の物語とは異なった方向に動き出していました。作品の作り方としても、全体の筋をすべて最初に決定するのではなく、1場ごとにアイデアを練り上げていきましたから、鬼が島で何が起こるのかも、実際に第4場に辿り着き、それまでの流れを引き継ぎながら新たに考え始めなければなりません。そして「成敗」の物語から抜け出すためには、戦いの結末ではなく、戦いのプロセスをしっかりと描くことが必要でした。
 第4場を制作する過程で、キャストの一人がたまらず空に叫びましたーー「私たちはなぜ鬼と戦わなければならないのか?」


 実際、私たちは途方に暮れてしまったのです。太郎たちだけでなく鬼の側も。そもそも太郎たちが鬼が島に着いたからといって、すぐに戦いを始める理由がありません。また、理由なんか考えたところで戦いにも表現にもならないのです。そもそも戦いに理由はあるのでしょうか? 正義のため?人を救うため?それとも憎しみのため?‥‥いずれも戦いを正当化するものでしかありません。結局私たちは、?のためという理由を考えるのをやめ、純粋に戦いそのものを表現したいと思うようになりました。むしろ戦いそのものにはもともと意味が欠如していて、意味というものは戦いの後や戦いの勝敗に対して誰かが与えるものにすぎないのではないでしょうか。

 他方で、戦いを描く表現は私たちに身の回りにたくさんあります。インドネシアの影絵芝居ワヤンでも、戦いのシーンが核心的な役割を果たします。私たちは戦いというものを積極的に演じ、楽しむという文化ももっているのです。ですから、問いはこのようにも立てられるでしょう。どうして私たちはこうも戦いを演じ続けるのか、と。

 確かに、戦いとは避けるべきものかもしれません。しかし、否定すべきもの、避けるべきものに対しても私たちは顔を背けるのではなく、何らかの仕方で向き合わざるを得ないのではないでしょうか。私たちを争いへと駆り立てる何かがあるのか、あるとすれば私たちはどうすればよいのか。人々が長い歴史のなかで、実際に戦闘を際限なく繰り返しながら、同時にそれを芸術表現のなかで演じてみせてきたことの背景には、そのような問いかけが潜んでいるように思われます。

マルガサリ版「桃太郎」全5場
2007年8月21(火)?22日(水) 19:00開演(18:30開場)
@一心寺シアター倶楽

チケットご予約は コチラ
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