Gamelan Marga Sari -Blog-

*ガムラン マルガサリ*のメンバーによるブログです.
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:-- | スポンサー広告 | Trackback(-) | Comment(-)
鈴木昭男さんと遊ぶ
 最近のマルガサリは、3/25(日)ザ・フェニックスホールでのコンサートのための練習をしています。先日、このコンサートのための曲をつくってくださったサウンドアーティストの鈴木昭男さんがスペース天にやってきて一緒に練習しました。

 昭男さんて普段はどんな方だろう、とワクワクしていたのですが、本当に素敵な方でした!世界的アーティストに向かって小娘の私がこんなことを言うのはすんごい失礼な話ですが、むちゃくちゃおちゃめでキュートなんです。
 みんなの前で楽器を演奏するときには「いやー恥ずかしいですねー」を連発したり、曲の意図を説明するときには最後に「…なんちゃって。」って付け加えたり、演奏し終わって感想を求められるとニコニコして「いやーしあわせです」と言ったり。作品に対する自分たちの出来はともかくとして、昭男さんと音をだして楽しく遊んだような時間だった。もう毎回練習に来て欲しいな。
 曲の途中でバリのトランス者がたくさんでるような祭りをイメージした箇所があって、サロン(7本銅琴)で同じフレーズをそれこそ片手がトランスしそうなぐらい叩きまくるのですが、昭男さんとHさんと私と3人並んで一心不乱に演奏して、曲が終わってちょっと放心した後の一言が「なんだか情が移っちゃってねー。」って、なんかこの感じいいなぁ。
 鈴木昭男さんの曲は「戯山坐(ケザフォ)」といって、楽譜はエッセイ風の4ページほどの奇妙な文章から始まって主に文章で構成されています。古代の神様達の戯れのような(?)不思議な曲です。西洋音楽の楽譜のような頭から終わりまで一直線に流れていく時間感覚ではなく、その場に降り積もってゆくといったような時間感覚、古代のアジア人が持っていたであろう時間感覚、を呼び戻そうとするような作品です(間違った理解だったらごめんなさい・・・)。

 確かに「時間」についてこんな風に考えたことってあまりなかった。演奏によってこのような時間概念を体現することができたらいいんだけど、まだよくわからない。出来る限り想像力を柔らかくして出来る限り長い時間を想像してみる。(うーん・・・今の私は前後数年間で手一杯。)

 この日昭男さんは、2,300年くらい前(弥生時代?)の笛を模して自分で造られた笛を持ってきていた。手のひらにすっぽり入る小さなもので、幾つか小さな穴があいていて、見る角度によっては穴が目みたいに見えて妖精みたいに見えないこともない。かわいい。吹き方もいろいろ研究された結果、とても小さくてシンプルな構造の笛なのに微妙なピッチ調整も可能でなんでも吹けるのだそうです。古代のシャーマンが使ってたんだろうなって。鈴木昭男さんって人は、理屈でなくって身体感覚として数千年もの時間の感覚を内在させてる人スケールのでっかい人なんだろうなと思った。

 笛がかわいくって、みんなでいいないいなと言ってたら、作るの自体は簡単なのだそうで、土をこねて野焼きでできるんだそうで、「今度笛を作る会をしましょうか」って言ってくださった。これ、ほんまに実現したらいいなぁ。
(ユリ)
スポンサーサイト
Comment
≪この記事へのコメント≫
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
Secret: 管理者にだけ表示を許可する
 
Trackback
この記事のトラックバックURL
≪この記事へのトラックバック≫
Copyright © 2017 Marga Sari All Rights reserved.
Designed by aykm
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。