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Gamelan Marga Sari -Blog-

*ガムラン マルガサリ*のメンバーによるブログです.
飛び回るささやき
2月21日
地下鉄御堂筋線動物園前で下りて地上へ,路上に露天が並ぶ。僕はダッシュをしながら「南海の駅あっち?」と聞くと、おっちゃんが笑って「あっちや!」と答えてくれる。南海新今宮駅の3階まで駆け上がると,インドネシア研究家の青木恵理子さん、染織家の林紕さ子さんがホームに。バリガムランギータクンチャナ代表の小林江美さんは、改札の外で待っていてくれた。危ない危ない,遅刻寸前,なんとか間に合った。格安チケットを購入してくれていた江美さんにどやされるところだった。

橋本で乗り換え,単線の線路が山をくねくねと登っていく。極楽橋からはケーブルカー。高野山駅は標高900メートル近い。でも、そんなに寒くなかった。バスで蓮花谷下車。今晩お世話になる宿坊成福院に到着。インドの笛バーンスリー奏者のHIROSさんが昨日から泊まり込んでいて,迎えてくれる。部屋は,別館の豪華な部屋。宿坊とは言うものの,豪華な旅館のよう。去年に引き続き,Gamelan Aidの高野山会議。厳冬の高野山に泊まり込んで,霊性を吸い込んで,時間を気にせず,飲みながらとことん話し合おうという趣旨。あるいは、ということを口実にした宴会。

早速風呂に入って,からだをほぐそうということに。大阪大学の諏訪晃一さんとGamelan Aidで卒論を書いた秋山君もやってきた。まずは、江美さんがやっている足指ほぐし。難しかったが,足の指を全部組み合わせて、あぐらをかくと、悟りが開けそうだった。続いて,僕がやっている背骨の活性化体操。寝転んで背中をそらせて、背骨の一番下を床につけたところから。1センチずつくらいつくところを上にずらしていく。つくところはなるべく1点になるように。首の付け根までゆっくりあげていく。一気に5センチくらい動いてしまったら,行きつ戻りつしながら進めていく。今度は,首からお尻へ。何度か往復させる。なかなかもどかしいが、とても気持ちがいい。

なんてことをしてると、あっという間に,ご飯の時間。精進料理だが,とても豪勢。名物は、高野豆腐とごま豆腐。気のせいか,去年の方がおいしかったような・・・。それでも、お腹いっぱい。部屋へ戻って、いよいよ会議開始。超多忙の中川真さんが最後にやってきた。今年のGamelan Aidの予定を中心に話はあっちへ行ったり,こっちへ行ったり。ガムランを輪に緩やかに結びついた人たちが共有できることもなんとなく見えてきた。ちびりちびり飲みながら2時近くまで続いた宴会会議の間中,諏訪さんは速記者みたいにキーボードを叩き続けた。馬鹿話もいっぱい入っているんだろうな。どこかで公開されるんだろうか。

2月22日
朝の勤行はスルー。自宅にいると6時過ぎ、ガバッと起きたブナに「パパ、ご飯作ってや!!」と、叩き起こされるので・・・。冷えきった宿坊で,分厚くて重たい布団で寝るのは本当に心地いい。8時からの朝食をいただく。月曜日なので,忙しい社会人たちが帰っていく。残ったのは,ヒマ人のビンボーゲージツ関係、HIROSさん、江美さん、紕さ子さんと僕。ゆっくり散歩に出かける。去年は奥の院へ行ったので,今年は金剛峰寺の方へ。ゆるんだ土の道につく足跡を楽しみながら進んでいく。空気が澄んでいく。

視界が開けると,朱色の根本大塔が目の前に。

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シュリン、シュルリン、シュルシュル

と、軽やかなささやきが聞こえる。なんだろう。上を見上げると、屋根の4角に鐘のようなものがぶら下がっている。

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さらに上空を見上げると、青空に、雲がすごい勢いで流れている。塔のてっぺんのアンテナのような部分、相輪にも小さな鐘がたくさんぶら下がっている。

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はるか上空なのに,耳元でささやいているように聞こえる。塔の正面に回って、手を屋根の形に沿わせてみる。相輪の上まで伸ばして,ついでに伸びをする。背骨が伸びて,塔とすこし一体化できる。

シュリン、シュルリン、ギイ

時折,我が家の小桜インコのパリノが鳴くように,ギイと、つっかえる。これは、どこかで聞いた音ではないか。ああ、そうか。「サンズイ」の音だ。僕が進めているダンスと音楽が一体化するプロジェクト「サンズイ」の中で聞こえた音だ。風に揺らぎ、動き,音が生まれる。そこにあることを、感じる。すべてを受け入れる。ただそれだけ。

前夜の宴会議中、江美さんが突然、「誰かおるで、ここに。」と、自分の脇を指差した。小さな話し声が聞こえると。耳を澄ますと,確かに妙な音がいろいろ聞こえた。そして、時折,寸断するような音も。「魔法瓶がなってるんちゃうん?」ってことでその場は片付いた。

ああ、この音だったのか。地図で確認すると,ちょうど1キロくらい離れているけど、きっとこの音だろう。広い境内には,僕ら4人しかいない。時折,低く響く読経の声、笛の音も聞こえる。標高900メートルの霊場高野山,きっと相輪の鐘,読経の響きのほかにも、いろんなささやきが風に乗って飛び回っていたのだろう。

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ちょっと不思議な雲。

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ヒマ人ゲージツ関係。
バイバイ高野山。
(撮影者:林紕さ子さん)
(佐久間新)

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大阪ピクニック夜編 光の川
2月15日(月曜日)18時過ぎに船場アートカフェ到着。今日は,船場マンスリーカフェの僕の担当日。大阪ピクニック夜編。去年,春と秋に大阪ピクニック01と02を行った。いずれも3日間シリーズで、1日目作戦会議、2日目ピクニック、3日目映像上映という流れだった。今回は,1日だけのショートバージョン。

19時過ぎには,参加者が全員集合。大阪市大商学部のHさん、文学部のSさん、神戸大学大学院のMさんとNさん、写真家のTさん、ボーカリストのTeNさん、ボイストレーナーのKさん、歌が得意なNさん、そして映像担当の本間直樹さんと船場アートカフェの高岡伸一さん。まずは、それぞれ自己紹介。ピクニックに行くんだから,仲良くならないと。それから、I-Picnicの映像上映。「STAMPOK PARK」「BY THE DANUBE」。ハンガリーの子どもとの即興とドナウ河畔での佐久間新+野村誠+藪久美子の即興。映像は、もちろん野村幸弘。

それから、みんなで動いてみることに。僕はこういうワークショップをする時は,なるべく事前に決めないようにしている。その場とメンバーの雰囲気を見ながら,なるべく即興的にワークショップを進めていく。スタジオの壁に、縦にスリットの入ったカーテンがグルリとかかっている。結構繊細な動きをしそうだったので,それに触れてみることから始めた。そっと触れてみたり,戯れてみたり。みんな入り込んでやっている。まだまだやりたそうだったけど,スタジオの外へ。今日は,ショートバージョンだからある程度さくさくと行こう。
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これは、前にも少しやったことがあるんだけど。船場アートカフェの地下の踊り場の気持ち悪さを体験。そこだけ天井が異様に低くなっているので,かなり圧迫感がある。音や光の感じも変わってくる。背の高さでもかなり違うみたい。そして、ビルの入り口へ。自動ドアがある。中からは反応するが、外からは開かないタイプ。ひとりずつ近づいていって,センサーが感知しないギリギリで止まる。順番に人数を増やしていって,センサーの届く範囲をみんなのからだで描く試み。途中で外へ出て見てみたが,かなりおかしい。見えないものを感じて,からだであらわすのも、ダンスの大切なこと。

外の世界へ。路地の角を曲がると,御堂筋から風が吹いてくる。店先のシャッターで風宿り。大通りからは,車の音が、信号が変わるたびに通り雨のように聞こえてくる。夜の御堂筋を歩く。TeNさんが、ヘッドライトに流されると言って下流に流されていく。光の川。横断歩道をわたって,西側へ。「夜のビル街って、走りたくならない?」って、僕が聞くと,Kさんがうなずくので,ふたりでダッシュ。みんなもついてくる。止まった横には,壁一面がライトアップされた不思議なビル。のっぺりとした壁面に,光によって微妙な陰影が生まれている。かなり美しい。柵が無かったら,入り口前で踊るんだけどなあ・・・。柵のところで,声を壁に放り投げたり,寝転がって壁を見上げてみたり。大きなビルの前では,ビルと一体化したついでに伸びをしたり。
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御堂筋は、西端1車線、小さな中州,4車線,小さな中州,東端1車線、全部6車線、幅40メートル、長さ4キロの大阪のメインストリート。南向きの一方通行。中央大通りの北側は,オフィス街。みんなで中州の北端に立って、タイタニックごっこ。ヘッドライトの光の波を味わう。股のぞきをすると,光が全然違って見える。振り向くと,何百個の赤信号が一斉に青に変わる。一方通行なので,前には信号の光が見えない。中州には、まっすぐ伸びるイチョウ、身をくねらせるイチョウ。上には車が,下には地下鉄が走っている。イチョウはどんな音を聞いているのか?

巨大な建設中のビル前,地下を塞いだ鉄板の上で,足を踏みしめたり,音を壁に放り投げたり。40メートル向こうのビルにも音が当たって返ってくる。おしくらまんじゅうしたり,走り回ったり,かくれんぼしながら,移動していく。みんな、だいぶからだが軽くなったみたい。まだまだ続けたかったけど,今日はショートバージョン。「横断歩道をわたったら、いつもの世界に戻ったことにしよう。」と言って,横断歩道を渡るんだけど,簡単に元には戻れない。神戸大学のNさんといつまでも足音で遊び続ける。
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船場アートカフェに戻って,質問とアンケートタイム。Mさんが、「気持ちのいいところへ行って、感じるところまではできる。そこから後もう一歩、踊るっていうところに・・・。」そう、そこがね、難しいと感じるかもしれない。でも、感じることさえ出来たら,僕は難しくないと思う。こころが揺らぎだせば,それはもうダンスなのですよ。Mさん、また一緒にピクニックしましょう。今年は,神戸でもピクニックをする予定です。
(佐久間新)

宙に浮かぶ白と床に絡まる黒っぽいもの
ブナが微熱で保育所を休む。4月からの小学校がそれなりにプレッシャーになっていて,朝早く起きたりなにかと疲れがたまっているのだろう。まあ、暖かい雨も降っているし,僕も時間があるので,今日はのんびり家で過ごそう。窓から雨を覗くと,向かいの山に(675メートル)にガスが下りて来ている。雨降りには、枯れ葉や伐採した枝を燃やす家が多い。煙の青が、ガスの乳白色に混じっていく。
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「梅の匂いがする。」とブナ。
「エー,まだやろ。」と僕。

んっ!裏庭の端を見ると、なんと梅がほころんでいる。ブナが得意そうな顔をしている。この間は、ロウバイの匂いに、ほぼ同時にふたりで気づいたのだった。昼ご飯は豚汁。歩いて1分の藤細工の工房へパートに出ているイウィンさんが帰って来てので、3人で昼食。

夕方から、僕は京都のJEUGIAカルチャーでジャワ舞踊教室。いつもよりちょっと早めに出て,2件の展覧会へ出かけた。1件目は,中村伸さんが教えてくれた展覧会。

(のびるさんのをコピーします)

・・・ ・・・

「而上其心(にしょうごしん) 石田智子展」
2月5日(金)?2月21日(日)まで、
京都の「ギャラリー素形(すがた)」で開かれています。
福島のお寺の住職と結婚した現代美術の作家で、
檀家の方などからいただく品々の包装紙を捨てるに忍びなく思い、
それらを素材にした造形の数々を手がけています。
ファイバーアートというのでしょうか、
紙を細かく切って縒ったものだけを使って宇宙をつくる。
前に近江八幡の旧家で展示したものを見たのですが、
一瞬で重力がなくなったような気がしました。
ご主人は、わりと売れている作家なのだそうです。
●ギャラリー素形 中京区室町二条下ル蛸薬師町271-1
 www.su-ga-ta.jp 月曜定休
 tel 075-253-0112

・・・ ・・・

室町通に面してガラス張りのきれいなお店兼ギャラリーがあった。奥まったギャラリーに入っていくと,鳥の巣がたくさん集まったように、短い直線が集まって出来た曲線がひとつの固まりになって宙に浮いていた。近寄っていくと,紙で出来た白いこよりだった。5万本あるという。

室町通を下って,三条通りへ出て川端通を南へ下った。四条をすぎたところで車を停めて,2件目のギャラリーへ向かった。久々に電話した本間妙圭さんが教えてくれた展覧会。

高見晴恵ーインスタレーションー
2月6日ー2月14日
楽空間 祇をん小西 東山区祇園花見小路四条下ル西側
www.gionkonishi.com
tel 075-561-1213

いわゆる祇園のど真ん中。町家のギャラリー。入っていくと賑やかな京都弁の作家が、僕の前に入った芸大の教授風の男性を案内していた。僕も一緒に入っていった。通りに面した薄暗い日本間に座る。ふすまを挟んで隣と、その奥に作品がある。雨降りの6時は薄暗いので、電気の消された室内はかなり暗い。目が慣れてくると,革の切れ端のような黒っぽい細くて短い曲線が、絡まった干し草のように床に敷き詰められているのが見えてくる。しばらくいると、白いふすま、障子に映る影,どこからか漏れてくる明かりが作り出す微妙な陰影の変化が分かるようになってくる。そこへ、細かな格子の影が大きさを変えながら部屋の中を移動していく。外を通る車のヘッドライト。

見終えてお茶をいただいた。紺とグレーを張り合わせた厚手の生地を、はさみで1本1本なるべく細くなるように、1年かけて切っていったそうだ。日光やヘッドライト,見る人の感覚と会話する作品。寡黙だけど,雄弁な作品だった。高見さんの京都弁が心地よかった。

美術を見ると勇気づけられる。揺れるだけだって,立っているだけだって,ダンスになるはずだって。
(佐久間新)
釈迦に説法
2003年の10月から,大阪の本町にあるインドネシア・ダイニング「チタチタ」でインドネシア語を教えている。舞踊公演がきっかけで知り合ったオーナーの高木さんに頼まれたのだ。「ジャワ舞踊家がするインドネシアの文化を紹介しながらの教室でよかったら・・・、」ということで引き受けた。僕は、インドネシア語を学校で習ったことはないのに,大胆というか、なんというか。

初級から中級までクラスがあり,教える中で、逆にいろんなことを教わった。僕の場合,留学先はジョグジャカルタで、出会うのも芸能に携わる人が多い。しかし、インドネシアは広く,文化は多様だ。インドネシア語を習いたい人のニーズもさまざま。ジャワで使わなかった表現も覚えなければならない。生徒さんは、まったくの初心者から,かなり上手な人もいる。インドネシアとの関わりもいろいろ。例えば,

バリへよく旅行に行く。兄弟がバリ人と結婚した。弟がジャカルタに住んでいる。商社に勤めていて,スマトラへ取引に行く。留学したい。バティックを習っている。ウブドにヴィラを持っている。バリ舞踊を習っている。航空会社に務めている。チタチタが好きだ。研修生とつきあっている。インドネシアのバンドが好きだ。インドネシア料理が習いたい。インドネシアで生まれた。ジャカルタに勤めていた。学会で知り合ったインドネシア人としゃべりたい。大学でインドネシア語を習っていた。

などなど。いろんな人と接するうちに,僕のインドネシア語も少しずつ広がって来た。何でもそうだと思うけど,教えるのが一番勉強になる。4ヶ月ごとの更新制で、今で19期目かな。長い方とは,7年の付き合いになる。11月から始まった今期に、新しい方が3人やって来た。20代の男女のペアと50代らしき男性。初級クラス。女性の方は,耳がすごくいい。こちらもかなり気をつけて発音しないといけない。そして,50代の男性の方は,文法というか言葉のニュアンスへの反応がするどい。

たとえば、インドネシア語には、ことばの後ろに nya という語がつくことがある。通常は,3人称の代名詞のように考えられているが,それだけでは語れないものがある。
Wayan dan istrinya Wayan=ワヤンさん dan=と istri=妻
ワヤンと彼の妻

これは、分かりやすい。では、すこし違う形。

Berapa harga buku ini? berapa=いくら harga=値段 buku=本 ini=これ 
be動詞が無くて、修飾語が名詞の後ろに来るので,これで英語の
How much is this book?
になる。でも、インドネシア人はあんまりこういういい方はしない。少なくとも僕の周りのジャワ人は、
Buku ini, harganya berapa?
と言うことが多い。「この本,値段はなんぼ?」日本語みたい。

このnyaは、何なのか。まあ、代名詞と言えなくもないけど,どうして、こういう言い方を好むのか?
とか、また、過去と完了の違いは何なのか?

この財布,昨日,大丸で買ってん。
わたし、あの雑誌、もう買ったよ。

は、違う。前が過去で、後ろは完了。
Dompet ini, kemarin saya beli di Daimaru. Dompet=財布 kemarin=昨日 saya=わたし beli=買う di=前置詞 ?で  もちろん語順はいろいろ変えられるけど。
Saya sudah beli majalah itu. sudah=完了 もう?した majalah=雑誌 itu=それ

わたしのおじいさんは5年前に亡くなった。
飼っていた小鳥が死んでしまった。

これなんかは、どうなるのか。
Kakek saya meninggal 5 tahun yang lalu. kakek=おじいさん meninggal=亡くなる tahun=年 yang lalu=?前
Burung yang saya pelihara sudah mati. burung=小鳥 yang=関係詞 pelihara=飼う mati=死ぬ 

普通はこんな感じで、前が過去で,後ろが完了。でも、

「おじいさん、元気にしてはる?」

と聞かれれば,
Kakek saya sudah meninggal 5 tahun yang lalu.

「5年前に、もう亡くなってん。」
と完了で答えるだろう。過去を具体的に表す言葉があっても,完了でいいと思う。
会話している人同士が、その「こと」を共有しているれば、完了になるんじゃないかな。
「あの雑誌」「あの小鳥」「あのおじいさん」

なんて話がもりあがる。レッスン後に雑談をしていると,50代の男性は,競歩をやっていて同年代では世界ランクに入るし、仕事は翻訳家でヨーロッパのいくつもの言語を訳しているとのことだった。で、家に帰って、気になるので名前を検索してみた。競歩で載ってるんじゃないかと。

すると、いっぱい出てきた。競歩もあったけど,翻訳家としてのが。本も出されている。

学校英語よ、さようなら
翻訳の原点―プロとしての読み方、伝え方
インタビュー オサマ・ビンラディン
などなど。翻訳家の辻谷真一郎さん。

ちょっと、というかかなりの冷や汗もの。釈迦に説法。

でも、この間のレッスン時に,実は検索したんですよ,という話をして,さらに語感のことでいろいろ盛り上がった。
僕は,人にものを教えたり,ワークショップをしたりしている。しかし、前に座っている人の中に,実はものすごい人がいるかもしれないし、その場にいるひとり一人がそれぞれの深い人生観をもっていることを忘れてはいけないと思っている。そして、その上で,釈迦に説法のような恥ずかしいことも、時にはしていかなければならないのが僕の役目なんだと思ったりする、のです。
(佐久間新)

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