Gamelan Marga Sari -Blog-

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プジョクスマン舞踊団来日公演
ヨーロッパの日記の続きもまだだし、大阪ピクニックのことも、からだトークのこともまだ書いていない。その後、1週間東京遠征に行ってきたので、そのことをまず書こう。ますます順番が錯綜してきています。すみません。

10月18日
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6時30分に、豊能町の我が家を出発。京都東まで地道で走り、名神に乗る。初のETCレーン通過。前日に取り付けたのだ。途中、富士山がきれいに見えるSAなどで休憩しながら、昼頃東名から首都高へ入る。勘を働かせて、皇居の北のあたりで高速をおり、神田にあるカルティカのスタジオを目指す。すこし迷ったが、予定時刻の13時に、須田町交差点に無事到着。万惣という落語に出てくるくらい古い果物屋のビルの地下にスタジオがあった。中へ入っていくと、ジョグジャの舞踊団の懐かしい面々に再会。もちろん田村史さんやサプトノ先生もいる。みんなも福岡から午前中に飛行機でやってきたのでややつかれた様子。乗って来た車を駐車場へ入れる。親切なおじさんがいて、出し入れ自由で1日2000円にしてくれた。5泊させるので大助かりだ。コインパーキングだとこうはいかない。14時過ぎから、練習開始。

今回のコンサートは、ジョグジャのマルドウォ・ブドヨ舞踊団(通称プジョクスマン舞踊団)と東京のガムラングループ、カルティカ&クスモとの合同公演なのだ。僕たちは、大阪から助っ人として、衣装や小道具も持参して駆けつけた。僕は、ジャワへ留学中、この舞踊団で習い、ある程度踊れるようになってからは、メンバーとして舞台に立たせてもらっていたのだ。今でも、ジャワへ行けば、舞台に立たせてくれる。2006年に起こった中部ジャワ地震の時には、建物に大きな被害を受けた。そこからなんとか建物も活動も回復した。今回の来日公演はその節目という意味合いもある。あたらしい若い世代のステップアップとしての公演。

練習は21時頃まで続き、みんなバテバテペコペコになって、神田駅近くの中華料理屋で遅い夕食。そして、ホテルへチェックイン。オリンピック・イン・神田、なかなか広い部屋で快適。

10月19日
午前中、プジョクスマンのメンバー4人とサプトノ先生、ブナ、そして僕とで、中目黒にあるインドネシア大使館へ。教育文化部にいる疋田さんと久々に再会した。インドネシアへ留学したことのある人はみんなお世話になっている方だ。何度か手紙でやり取りしていたが、会ったのは本当に久しぶりだった。担当官にも挨拶をして大使館を後に。神田へ戻って、昼ご飯をテイクアウトして、ホテルへ。イウィンさんはやや風邪気味。
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夕方よりスタジオで練習。今回、僕は舞踊劇で二つの役をすることになっていた。ラマヤナ物語のジャタユ(ガルーダ)という神の鳥役とアルジュノ饗宴でのママン・ムルコ役(イノシシの化身)。どちらも動物系の荒型の役。普段、アルスという洗練された人間の振りをする僕にとっては、なかなかチャレンジングな配役だった。また、舞踊劇というのは、単独の踊りとは違って、複数のダンサーが舞台上にいるので、音楽が必ずしも自分のために演奏されているとも限らず、自由自在な即興能力が必要とされるのだ。一つ一つの舞踊を深めていくのとは、ちょっと別の能力が要求される。こういう臨機応変な能力は、その文化の中で育った来たジャワ人の得意とするところだ。留学中の僕は、なかなかこの臨機応変能力を身につけるのに、苦労した。この日の練習で、僕は、自分の出番のきっかけ、殺陣の順番などを覚えるのに必死だった。物覚えはあまりよくないのだ。

10月20日
ジャワからやってきたプジョクスマン舞踊団のメンバーは10人。団長のスティアさん、スマルヨノさん(ISIジョグジャの舞踊科の先生)、スプリヤントさん(ISIソロの舞踊科の先生)、スワントロさん(SMKIジョグジャの舞踊科の先生)、アリンさん(スティアさんの息子、ISIジョグジャの卒業生)、ドゥウィさん(ISIジョグジャの学生)、プトゥリアさん(ISIジョグジャの卒業生の舞踊家)、プトリさん(教育大学舞踊科の学生)、シトさん(事務職兼舞踊家)、カシラさん(花形の歌手)といったメンバー。男性5人女性5人。プトリさんとシトさんを除いては、みんな前からよく知っているメンバーだ。この日の昼食は、ちょっとリッチにすき焼き定食を食べた。ご飯のお代わりが自由だったので、スワントロさん、ドゥウィさん、スマルヨノさんは3杯もご飯を食べた。ジャワ人は、白ご飯が大好きなのだ。
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昼から、僕は鳥とイノシシの個人練習。まだまだ振りがしっくり来ていない。夕方より全体練習。練習後、楽器の梱包、衣装の梱包。その後、スタジオ横の閉まりかけていた定食屋の大将に無理を言って、13人分の豚生姜焼きと鶏の照り焼き定食を作ってもらう。ジャワ人なのに豚?スワントロさんはクリスチャンだし、スマルヨノさんは肉だったら何でも大好きなのだ。調理中に、ブティア(スティアさんへの敬称)のリクエストで、野菜の煮物を別の居酒屋へ探しに行く。親切な店があり、人参、ごぼう、コイモ、インゲン、大根をパックにきっちりと詰めてくれた。定食屋へ大急ぎで戻り、大急ぎで食べた。ここもご飯とみそ汁がお代わり自由だった。スタジオへ戻って、楽器のトラックへの積み込みを手伝う。カルティカのメンバーは、晩ご飯を食べずにがんばっている。

手違いで、4トントラックでなく2トントラックが来たので、翌朝も積み込みの続きをすることに。

10月21日
90年代前半にジャワに滞在し、プジョクスマン舞踊団の創設者であるロモサス(サスミントさんの敬称)から舞踊を習っていたKさんの家へ行くことになっていた。ロモサスは、僕が留学中の96年に亡くなった。それ以後は、ブティアが実質的な代表者としてがんばっている。Kさんは、その後アメリカへ留学し、今は東京の大学で先生をしている。しかし、舞踊はもう踊らないので、舞踊関連のものを譲ってくれるというのだ。練馬区にあるKさんの家へ。とてもいい加減な地図しか持っていなかったが、勘が冴えに冴えまくり、最短距離で下石神井の番地にたどり着き、家から10メートルのところで電話を入れた。プラスチックケース4箱分の衣装や小物をいただいた。

ダラダラ渋滞する首都高をイライラしながら急いで神田へ戻った。出発時間には、なんとか間に合った。10時30分にホテルを出て、人形町の日本橋公会堂へタクシーで向かった。感じのいい運転手さんだった。今回の東京滞在中、舞踊団一行と行動していると、タクシーでも、レストランでも、「どこからの方ですか?」「公演旅行ですか!」「すごいですね!」と、こちらのことに興味と敬意を持って接してくれる人が多かった。東京は、なんだかんだ言ってもやはり文化レベルが高いのかな・・・。

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楽器を搬入し、衣装の用意を整えた。スリンピ(女性4人)、ラウォン(男性3人)、ゴレッ(女性1人)、舞踊劇2演目、これだけの衣装を配役別に並べるだけでもなかなかの大仕事である。昼食後はリハ。今回のびっくりは、福澤達郎さんの作曲の「時の汀」で、ブティアが踊ることになっていたことだ。彼女は、王宮の舞踊顧問でもあり、バリバリのコンサバである。ジャワでも、新作舞踊公演を見に行くと、眉をひそめて帰ることが多い。おそらく史さんのアイデアだろうが、ブティアが日本人の新作で創作舞踊を踊るのだ。リハでは、すこし戸惑い恥ずかしがりながらという感じだった。

本番は盛況だった。ガルーダもなんとか務めることができた。もっとも、舞台袖から見ていたブナからは、厳しいダメ出しがあったが・・・。「パパ、最初の飛ぶところが、練習のときより遅かった。後、ドソムコに襲いかかるときは、後ろから行かないとアカンねんで?。」、と。見事な突っ込みである、図星だった。ブティアの舞踊を袖から眺めた。余韻の長い響きが続いた後、胸騒ぎを起こさせるような打ち付けるような音が聞こえ始めると、ブティアの顔がサッと変わった。ドキッとした。ロモサスが現れたようにも見えた。史さんと薄暗がりの中で顔を見合わせた。終演後は、ロビーで来てくださった皆さんと歓談。予想外に、僕の知っている人がたくさんいて、お話しできた。みなさん、ありがとう!

10月22日
午前からホールに入って、昨晩の衣装の片付けやら、準備やら。そしてリハ。楽屋で着替えているとクラクラした気分に襲われた。同じようなメンツで同じようなことを、全然違う場所で何度何度もしていた風景が、においが、湿気が、音が、よみがえってくるのだ。

・・・ ・・・

プジョクスマン舞踊団は、ジョグジャの貴族の屋敷内にある。貴族だが、誇り高き貧乏貴族だ。定期公演が夜の8時から2時間、週に3回行われていた。7時を過ぎると雨上がりのプンドポ(壁のないジャワの伝統的な集会所)の奥にある楽屋へ、三々五々舞踊家や演奏家が集まってくる。顔を合わせると、ポーンと丁字タバコをほってよこし、遅れてマッチも飛んでくる。薄暗い裸電球の下、湿ったコンクリートの上にはビニールのござが敷かれ、真ん中にはカネ製のお菓子の丸い入れ物に化粧道具が入っている。4角にかすかに残ったファンデーションをこそげとり、曇った鏡を覗き込む。時には、部屋で博打をするものがいたり、酒臭いままあらわれるものもいた。しかし、いかに客が少なかろうと一旦が舞踊が始まるとみんな真剣だった。舞台には、汗が滴り落ちた。ジョグジャの舞踊とはそんな種類の踊りなのだ。

終演後は、近所の子供が舞台に上がってきて、残された楽器を弾いたり、猿や鬼や魔物になって踊って遊んでいた。バグス、インドラ、ドゥウィ、アリン、・・・。

・・・ ・・・

15年近くたって、アリンやドゥウィは本物の踊り手になっていた。そして、日本へやってきて、東京の舞台で一緒に踊ろうというのだ。もちろん、15年ぶりに会う訳でなく、彼らが中学生になり、高校生になり、一旦は踊りをやめたり、また戻ってきたりするのも、見ているのだけど、なにか不思議な感慨があった。公演は、この日も盛況だった。名残惜しい人たちと別れて、撤収。楽器をスタジオへ運び終えると、もう12時近かった。
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10月22日
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練習と本番の間、まったく騒がずじっと見ていたブナのリクエストで、東京タワーへ。ホテルへ戻り、最後の昼ご飯を、みんなで食べる。そして、さようなら。プジョクスマンの一行は、東京芸大でのワークショップなど、まだ予定が少し残っている。僕たちは、狛江市に住む中村のびるさんの家へ泊ることになっていた。大阪へ戻る前に、最後の関所でちょっと一休み、って言う感じ。2階には、ワヤンのクリル(上演用の幕)があり、その横で3人で眠った。

10月23日
中央道?名神で豊能町の家へ戻ると18時だった。19時からは、阪大でリハがあった。翌日に行われる日本音楽学会主催のコンサートのリハ。三輪眞弘作曲「愛の讃歌」で踊ることになっていたのだ。さすがにちょっと疲れた。

で、24日のコンサート本番へいたる訳なんですが、この日記はここまでにしておきます。
(佐久間新)


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ウロコ通信 93 書いてました。
10月8日にウロコ通信 93を、書いてました。2件目のイベントはあさってです。大阪の中之島であります。よろしければ、ぜひどうぞ!!無料です。今日は、ピクニックでした。こちらのことも書きたいと思っています。

・・・ ・・・

ウロコ通信 93

台風一過です。築数十年の倉庫を改造した我が家はだいぶ揺れましたが、一夜明けた山は、木々が散髪したようにすっきりとしています。中之島国際音楽祭で来日していたメンバーは大学生だったので、朝からご飯を5合炊いてもペロリとなくなりました。昨日彼らが帰国したと思ったら、今度は、サスミント・マルドウォ舞踊団(通称プジョクスマン舞踊団)が明日来日します。東京と福岡でコンサートとワークショプがあります。僕らは、10月18日から合流して、東京公演に出演します。

さて、芸術の秋、いろいろ情報です。
1件目
からだを使って街を感じる試み。からだを使って街をスケッチする試み。5感をフル回転させて、街へピクニックに行きましょう!

第1回目は大阪の上町から谷町を、第2回目は東京の根津?谷中?日暮里をピクニックしました。そして今回は、天王寺?帝塚山をピクニックします。作戦会議、ピクニック、映像分析の3回シリーズです。明日は、第1日目の作戦会議の日です。1日だけの参加でも結構ですので、気楽に参加してください。

SENBA ART CAFE
大阪ピクニック02「坂」ワークショップ
日時:第1日10月9日(金)午後6時30分?午後9時30分
   からだのワークショップ、作戦会議など
   第2日10月12日(月・祝)午後1時?午後5時
   天王寺から帝塚山にかけてピクニック 
   第3日10月16日(金)午後6時30分?午後9時30分
   映像を見たり、坂や表現についてディスカッションしたり
定員:各回10名(事前申込制・無料。3回とも参加出来る方優先)
ナビゲーター:佐久間新(カミス)
ゲスト:本間直樹(船場カフェ・ディレクター/大阪大学CSCD)、小島剛(大阪アーツアポリア)
大阪ピクニック:岡部太郎、原田満智子、高岡伸一
主催:船場アートカフェ(大阪市立大学都市研究プラザ)
申込み方法:E-mail若しくはFAXにてお申し込みください。追って詳しいご案内をお知らせします。お申し込みは先着順受付。定員になり次第締め切りとさせていただきます。
FAX:06-4306-4900 E-mail: art-cafe@ur-plaza.osaka-cu.ac.jp(船場アートカフェ事務局:高岡宛)

詳しくはウェブで、
http://art-cafe.ur-plaza.osaka-cu.ac.jp/

2件目。
大阪大学のコミュニケーションデザインセンターが中心となっているラボカフェに登場します。今年度、継続的に、僕が気になるからだのことをシリーズで
やっていくことになりました。今回は、その第3回目です。

からだトーク「日常の気になる動きコレクション2」
日常の気になる動きシリーズ第2弾。
ジャワ舞踊家の佐久間さんをガイドに、茶葉が開くことを想像しながら湯を注ぐ、豆腐のパックがうまくはがせない、ポケットから鍵を出してドアを開ける、などをその場で実際にやってみたり、話し合ったりして、日常の気になる動きをコレクションしてみます。

日時 10月14日[水] 19:00‐21:30
定員 20名(当日先着順・入退場自由)
場所:京阪電車なにわ橋駅地下1階 アートエリアB1(ビーワン)
無料
ゲスト 佐久間新(ジャワ舞踊家)
カフェマスター 西村ユミ、本間直樹(大阪大学CSCD教員)

詳しくはウェブで、
http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/activity/view/338
http://www.artarea-b1.jp/schedule.html

3件目。
僕がずっと舞踊を習い、舞台に出続けているサスミント・マルドウォ舞踊団(通称プジョクスマン舞踊団)が来日公演をします。東京のガムラングループ、カルティカ&クスモとの合同公演です。僕は、21日はジャタユという鳥になって、22日はブトログルという神様になって踊ります。

?サスミント・マルドウォ舞踊団(ジャワ)、カルティカ&クスモ(日本)合同公演?
“ジャワ・舞踊とガムランの宇宙”

日時:10月21日(水曜)10月22日(木曜) 両日とも19時開演(18時半開場)
会場:日本橋公会堂(4F:日本橋劇場)
   http://www.city.chuo.lg.jp/sisetugaido/horu/nihonbasikokaido/
演出・構成:田村史子
音楽監督・作曲:サプトノ
振付:シティ・スティヤ
チケット:全席指定
     *各日 前売り 4000円/当日券 4500円
     *2日間通し券 7000円
     チケットお取り扱い:電子チケットぴあ Pコード 397-549

お問い合わせ:カルティカ&クスモ事務局:info_kartika@yahoo.co.jp

詳しくはウェブで。
http://sound.jp/kartika/


4件目。
神戸大学の沼田里衣さんたちが企画しているシリーズ。ジャワ舞踊と「ピクニック」やたんぽぽの家の伊藤愛子さんとの即興ダンスとが、どんな具合につながっているのかをお話ししたり、映像を見たり、みんなでからだを動かしたりしようと考えています。

[現代GP]コミュニティーアートセミナー Vol.10
共振するからだ

日時:11月2日(月)17:30?19:30
参加:無料 申し込み不要 学外の方もどうぞ
会場:神戸大学 発達科学部音楽棟 C1 11
   阪急「御影」駅、JR「六甲道」、阪急「六甲」より 神戸市バス36系統鶴甲団地行、「神大発達科学部前」
講師:佐久間新
主催:文部科学省・現代GP「アートマネージメント教育による都市文化再生による都市文化再生」プロジェクト
問合せ:神戸大学大学院国際文化研究科 異文化交流センター 078-803-7650 (平日13‐17時)

詳しくはウェブで、
http://web.cla.kobe-u.ac.jp/artmg/?%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%BB%E3%83%9F%E3%83%8A%E3%83%BC/20091102


以上長くなりました。気持ちのよい日が多いと思います。ぜひお出かけください。
大阪ピクニック通信 vol.8 書きました
先ほど我が家の向かいにある鴻応山(678メートル)の上から、ちょっとむくれた猫の目のような月が上がってきました。

さて、昨晩は船場アートカフェ主催の「大阪ピクニック02」の第一日目でした。集まってくださったみなさま、ありがとうございました。とても楽しい作戦会議になりました。少ないメンバーだったのですが、いろんな分野の方がそろって作戦会議には絶好のメンバーでした。ピクニックするダンサーの佐久間新、建材を見ると年代を特定出来る建築家の高岡伸一さん、阿倍野区在住でいろんな音の専門家の小島剛さん、アートには見えないものにアートを見いだし、ビジネスしたりマネージメントもする岡部太郎さん、いろんなものを巻き込むクモの巣のインスタレーションを作ったり、パフォーマンスしたりする池上純子さん、自分でも街歩きを企画されていて、歴史に詳しいOさん、というメンバーでした。

昨晩は、Oさんが天王寺から帝塚山にかけての歴史的な背景、隠れた名所や町名の由来、地質学的な背景など、いろいろ教えてくださいました。12日のピクニックの時にも、いろいろ説明してくれることになっています。Oさんによると、この界隈は大阪でも特にディープな界隈だと言うことです。Oさんのことをもう少し付け加えると、なんと「大阪ピクニック01」でピクニックで通ったところに住んでいるのです。あの近未来のドアがあった界隈です。小島さんによると、あのドアは劇団維新派関係の方がやっているバーとのこと。どうりでどうりで・・・。また、小島さんからは、街の音を録音するプロジェクトの話も聞かせてもらいました。当日も録音機を持ってこられるそうです。作戦会議の後、前回も行なったペットボトルを使ったからだのワーク、それから、船場アートカフェの地下へ至る階段の気持ち悪さを実感するワークなどをしました。

作戦会議の結果
集合場所と時間:JR天王寺駅1階中央コンコース 551蓬莱の豚まん屋さん前 13:00 解散17:00(予定)
ピクニック経路:阿倍野筋?山王(崖の下の飛田)?大谷高校(断崖)?松虫(松虫の声が聞こえるか)?清明通り(安倍晴明を探して) 分かれてピクニック(昔ながらの商店街多数有り) 集合 時間があれば帝塚山目指して南下?ちんちん電車に乗って天王路方面へ

といったルート考えていますが、途中で面白いものは発見したりすると、変更するかもしれません。
また、途中でよさそうな坂があれば、僕はゴロゴロ転がってみたりしようと思っています。転がる以外にも、自分が街や環境とコミュニケーションできそうな道具などがあれば、持ってきてください。前回は、カメラ、録音機、シャボン玉、トイレットペーパー、ビー玉、水などを持ってこられた方がいました。

12日は、天気も良さそうです。1日だけの参加でも結構ですので、ぜひお気楽に参加してください。

船場アートカフェのウェブに詳しい情報が載っていますので、ご覧ください。
http://art-cafe.ur-plaza.osaka-cu.ac.jp/


SENBA ART CAFE
大阪ピクニック02「坂」
日時:第2日10月12日(月・祝)午後1時?午後5時
   天王寺から帝塚山にかけてピクニック 
   第3日10月16日(金)午後6時30分?午後9時30分
   映像を見たり、坂や表現についてディスカッションしたり
定員:各回10名(事前申込制・無料。3回とも参加出来る方優先)
ナビゲーター:佐久間新(カミス)
ゲスト:本間直樹(船場カフェ・ディレクター/大阪大学CSCD)、小島剛(大阪アーツアポリア)
大阪ピクニック:岡部太郎、原田満智子、高岡伸一
主催:船場アートカフェ(大阪市立大学都市研究プラザ)
申込み方法:E-mail若しくはFAXにてお申し込みください。追って詳しいご案内をお知らせします。お申し込みは先着順受付。定員になり次第締め切りとさせていただきます。
FAX:06-4306-4900 E-mail: art-cafe@ur-plaza.osaka-cu.ac.jp(船場アートカフェ事務局:高岡宛)

参加される方は、こちらにメッセージをいただいても結構です。

また、ひとりでピクニックしてきたよ、という方がいれば、ご報告をお持ちしています。写真、映像、文字なんでもOKです。

大阪ピクニック
佐久間新
9月16日17日 リラと再会
9月16日 17日
9時31分関空着。すぐにフィンエアーでチェックイン。

関空発ヘルシンキ行き。座席は32A、隣は大手旅行会社の添乗員の女性。ドイツとオーストリアへのツアーガイドだと言う。シルバーウィーク前で旅行客が多く、満席だ。チキンのバジル風味、赤ワインを飲む。モニター画面でSHANGHAIというゲームをする。中級コースはうまく出来るようになるが、上級コースは難しい。ちょっと理不尽に難しい。まだまだ時間があるので、「April Bride」という余命1ヶ月の乳がんの女性が主人公の映画を見る。邦画はこれしかない。洋画もろくなものがない。主人公が亡くなりそうになった辺りで、「当機はまもなく高度を下げはじめ・・・、」とアナウンスが入る。お?、いいところなのに?、映画がストップしてしまった。映画とはいえ、人の死に立ち会ったので、なんだか厳粛な気分になる。主人公の女の子は、なかなかいい演技をしていた。
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イミグレーションは簡単に通過。トランジットへ。
18時30分、ウィーン空港着。CAT(市内行き電車)の駅へ。18時47分発。プラットホームの自販機で切符を買う。10ユーロ。ものすごいヘビーデューティーな電車がやってきた。市内どころか、モスクワまで走っていけそうだ。2階席に乗り込む。検札有り。ウィーンミッテ駅で、地下鉄U4に乗り換える。1、8ユーロ。終点のハイリゲンシュタットで下車。ターミナルで39Aのバスを待つが分かりにくい。なんとか乗り込む。チケットは地下鉄と共通。地図とにらめっこしながら、車外に目をこらし、トラムの線路を発見。これを目印に、ホテルの看板を見つけたので、下車。ウィーンに留学していた筒井はる香さんが紹介してくれたカイザー・フランツ・ヨゼフホテル、なかなか豪華なホテル。チェックインすると、W野村さんと藪ちゃんからのメッセージ。近くでご飯を食べているとのこと。出かけるが、道で出会う。おなかも機内食ばかり食べて、あんまり減っていなかったので、部屋に集まってビールを飲むことに。まずは、無地到着して、再会出来た。

翌朝は8時に出発するので、22時頃お開き。幸弘さんと同室。今回の旅は、ずっとダブルベッドで寝ることになるのだった。シャワーを浴びて寝るが、2時頃目覚める。なかなか寝付けないが、朝までゴロゴロする。6時から1時間、ストレッチ。みんなが買ってくれた朝食を食べて、8時過ぎにタクシーで出発。8時25分頃、ウエスト・バンホフ駅到着、15ユーロ。大きいがちょっと寂れている。ブダペスト行きをはじめ、国際線列車がいっぱい停まっている。チケットを購入。一人片道35ユーロ。6人掛けのコンパートメントになった車両に乗り込む。結構古い車両。9時過ぎに出発。オーストリア内とハンガリー内で2度検札があるが、パスポートのチェックはなし。4人の両親や家族のことをお互いに話す。僕の父の行動療法のことが話題に。自閉症児をくすぐるっていう療法だ。たぶん。今回のツアーで、行動療法は頻繁に使われた。みんなでくすぐり合うだけだが、なんだか盛り上がるのだ。父は心理学の先生なのだ。

ポプラ、楕円形の葉っぱの木、豆がぶら下がった木などが点々としている。黄色から緑までの色が曇り空の下に茫洋と続く。なんだか懐かしい気がする。1968年12月18日の昼過ぎに僕を生んだ母は、大阪市東淀川区にある淀川キリスト教会病院の窓から、青空をバックにしたポプラの木を見ていたそうだ。

幸弘さんの携帯電話を借りて、ブダペストのリラに電話する。ジャワ留学中に知り合った友人。97年以来だから、12年振りにしゃべった。英語で手短に到着時間を知らせた。13時過ぎ、鉄骨の大きなアーチが広がったブダペスト・ケレティ(東)駅のたくさん並んだホームの端っこに電車が滑り込んだ。終着駅だった。服やおもちゃを売る露店が並んでいた。ジャワのような風景だと思った。リラと久々の再会。髪が少しショートになり、しわが少し増えたけどチャーミングな笑顔だった。目の色が薄くなったような気がした。インドネシア語でしゃべった。

リラがチャータ?した車で、友人の友人のフラットへ。駅から20分くらいのペスト地区にあった。古いアパートの1階には鉄格子がついたエレベーターがあり、3階へ上った。ドアを開けると中は広い部屋がたくさんあり、同居人が半分を使っているようで、残りの半分使っている友人が旅行中だったので僕たちに貸してくれたのだ。中はなかなかおしゃれになっていて、僕と幸弘さんがリビングの1段高くなったところにあるマットレスに、誠さんと藪ちゃんは2段ベッドがある奥の部屋を使うことになった。12月に籍を入れることになっている二人には、旅行の間中、ずいぶんと仲のいいところを見せつけられた。そういえば、ブダペストへの電車の中で、幸弘さんが読んでいる本の話をしてくれた。「アベリールとエロイーズ」。天才的な哲学者と聡明で早熟な少女との恋愛に関する書簡集。二人のことが頭にあって、自宅の本棚にあったのを持ってきたそうだ。
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アパートの下のミニマーケットでサンドウィッチを買う。冷蔵ケースにあるハムとチーズを選んでパンに挟んでもらう。リラがおごってくれた。車の中で、リラが鞄の中から生のパプリカと唐辛子を出して、サンドウィッチと一緒に食べた。なんとなくハンガリーでの旅がうまくいく予感がした。リラはよく気がきくのだ。リラの友人でやっぱりインドネシアへ留学していたアトムが合流した。リラの提案で、スロバキアとの国境に近いドナウ川が大きくカーブしているヴィシェグラードの辺りへ行くことになった。ブダペストから1時間ちょっとで到着。少し丘を上ったところにロッジがあり、テーブルがたくさんある半屋外で、小学生たちが凧を作っていた。ちょっと遠くまで、ピクニックに来ている感じだった。I-Picnicは、世界中の気持ちのよいところへ行って、即興をするグループなので、ハンガリーの田舎へ行ってみたいとリラにリクエストしていたのだ。
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凧を作っている小学生に少しずつちょっかいを出し、うまく踊りに引き込んだ。先生たちも楽しんでみている。そのうち、子どもたちが馬小屋に方へ走り出した。何十頭もいた。ヤギ、猫、犬もいっぱいいた。子どもたちと踊ったり、何度もかけっこをした。小学生と別れた後、ドナウの河畔へ移動した。砂地が広がっていて、釣り人が糸を垂れている。水は深い色合いで少しヌメッとした感じで揺らいでいる。とても静かで心が落ち着いていく。藪ちゃんが砂地に絵を描き、僕は誠さんの鍵ハモに少し絡んだりしながら、水際をすべるようにゆっくりと歩いた。川がすべてだった。幸弘さんが撮影をした。映像が楽しみだ。湖畔のレストランで夕食。僕は川魚のスープを頼んだ。

ブダペストのフラットへ戻った。インドネシアに留学していたベジと奥さんのバーバラがやってきた。豚のインドネシア風カレーを作ってくれた。貴腐ワインで有名なトカイ産のワインと自家製のチェリーのシュナップスも持ってく来てくれた。ワインは開けずに、コーラのペットボトルに入ったシュナップスをみんなで飲んだが、これが抜群にうまかった。アトムがウクレレを弾き、夜更けまで盛り上がった。
(佐久間新)

大阪ピクニック02「坂」
ジャワ舞踊をする中で、大切だと思うことがいくつかあります。
重力 揺れ 波 
脱力 緊張
音楽 ダンス 美術 文学などの混じり合い
意図と偶然 生活と芸術 自然と人為などの混じり合い 
などなど。

そんな思いからいろんな活動をしています。「桃太郎」、「さあ、トーマス!」、「I-Picnic」、「愛の賛歌」、「SANZUI」などなど。そして、今年始めたのが「大阪ピクニック」。からだを使って街を感じる試み。からだを使って街をスケッチする試み。5感をフル回転させて、街へピクニックに行きましょう!

第1回目は船場アートカフェ主催で、大阪の上町から谷町を、第2回目は、東京の根津?谷中?日暮里をピクニックしました。そして今回は船場アートカフェ主催で、天王寺?帝塚山を、ピクニックします。

作戦会議、ピクニック、映像分析の3回シリーズです。明日は、第1日目の作戦会議の日です。1日だけの参加でも結構ですので、気楽に参加してください。

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大阪ピクニック通信 vol.7

台風一過、山の木々が散髪したようにさっぱりしました。

この通信のvol.6でお伝えしましたが、船場アートカフェ主催の「大阪ピクニック02」の開催がせまってきました。
船場アートカフェのウェブに詳しい情報が載っていますので、ご覧ください。
http://art-cafe.ur-plaza.osaka-cu.ac.jp/

明日は、本番のピクニックに向けて、作戦会議をしたいと思っています。
・ルートの確認
・どんな方法で街を味わうかの確認(前回までのピクニックを参考に、ピクニックのしおり作り)
・からだをほぐすワーク(ペットボトルを使ったりなど)

SENBA ART CAFE
大阪ピクニック02「坂」ワークショップ
日時:第1日10月9日(金)午後6時30分?午後9時30分
   からだのワークショップ、作戦会議など
   第2日10月12日(月・祝)午後1時?午後5時
   天王寺から帝塚山にかけてピクニック 
   第3日10月16日(金)午後6時30分?午後9時30分
   映像を見たり、坂や表現についてディスカッションしたり
定員:各回10名(事前申込制・無料。3回とも参加出来る方優先)
ナビゲーター:佐久間新(カミス)
ゲスト:本間直樹(船場カフェ・ディレクター/大阪大学CSCD)、小島剛(大阪アーツアポリア)
大阪ピクニック:岡部太郎、原田満智子、高岡伸一
主催:船場アートカフェ(大阪市立大学都市研究プラザ)
申込み方法:E-mail若しくはFAXにてお申し込みください。追って詳しいご案内をお知らせします。お申し込みは先着順受付。定員になり次第締め切りとさせていただきます。
FAX:06-4306-4900 E-mail: art-cafe@ur-plaza.osaka-cu.ac.jp(船場アートカフェ事務局:高岡宛)

参加される方は、当日までに佐久間宛にメールをいただいても結構です。
船場アートカフェが地下にあり、携帯電話の電波が入りにくいです。事前に到着時間をお知らせいただければ、迎えに上がります。よろしくお願いします。

また、ひとりでピクニックしてきたよ、という方がいれば、ご報告をお持ちしています。写真、映像、文字なんでもOKです。

大阪ピクニック
佐久間新
「SANZUI」 中之島、そしてたんぽぽ
日記に書きたいことが山のようにたまっていく。順番に書きたいのはヤマヤマだけど、どんどんたまっていくので、少しずつ書いてみよう。時間が前後してややこしくなっていきそうだが・・・。

前回は、ヨーロッパへ出発する前で終わっている。ものすごく簡単に書くと、それから出発して、オーストリア?ハンガリー?オーストリア?フィンランドへの旅をした。最後は、ウィーンからの飛行機がキャンセルになって、ヘルシンキ泊になり、翌日少しヘルシンキを散策し、9月30日9時前に帰国した。すると、10時過ぎにインドネシアから芸術大学の一行6人が来日して、その人たちと合流し、それから共同生活がはじまり、10月3日は中之島公会堂で、4日はたんぽぽの家で公演し、今に至っている。

この日々のことは、なんとか追々書いていこう。

さて、昨日と今日の公演のこと。特に「SANZUI」のこと。
「SANZUI」とは、
音楽とダンス 演奏することと踊ること 音楽とそうでないもの ダンスとそうでないもの 意図と偶然と表現 
などの境界を、僕がジャワ舞踊をやりながら気づいた重要なこと「風に吹かれる木になってみる」「波に揺れるコンブになってみる」、ということをヒントに編み出した「振り子奏法」や楽器本来が持つ最高の音を引き出すための「振り子バチ奏法」及び「落下奏法」とダンスで構成された作品。タイトルは、ジャワ舞踊の重要なキーワード「BANYU MILI(水が流れる)」からイメージを広げ、さんずい編を持ついろんな漢字を、音や動きを深めるヒントにしていることに由来している。

10月3日の中之島公会堂、今は中央公会堂っていうのかな?、で初演を行なった。プログラムには、世界初演!となっている。事実である。中之島国際音楽祭の1演目だ。公会堂の一番てっぺんにあって、ステンドグラスの天窓から柔らかな光が漏れる壮麗なホールに満杯の400人のお客さんだった。ジャワの古典曲と宮廷舞踊「スリンピ」が、ホールの空気を重厚かつしっとりとさせていた。

中之島での「SANZUI」で、僕は、なにかうまく回らない中でもがき苦しんだ。
会場に、散らばる楽器以外の微妙な音、遠くでバタンとしまるドアが、僕の心を波立たせた。400人の観客の戸惑う視線、あるいはそれを勝手に心配する自分の心。集中しなければと思えば思うほど乱れる心。即興で踊りたいのに、自分で決めてしまっているいくつかの動きが手かせ足かせになること。そんな中でも、なんとか立ち向かっていこうとする自分。自分の持っているイメージからずれていくことに対する不安。そんなものがないまぜになっていた。

本番が終わって少しして楽屋へ戻ると、重たい何かがのしかかってきて、からだが床にめり込んでいった。

前日のリハもずいぶん苦労したが、最後の最後に、静まり返ったホールの中で、「これだ!」といういい感じがつかめた。楽器の音、演奏者の衣擦れ、床のきしみなどひとつひとつの音がクリアーに聞こえ、その音が自分のからだにわずかなズレを作り出し、そこからうまく揺れを作り出し、その揺れを少しずつ広げていくと、その波がまた音にフィードバックされていき、その音がまた動きにフィードバックする、そんな感じ。

そのよかったイメージと本番との差異が、僕を苦しめたのかもしれない。楽器の音以外も音楽だと言いながら、会場に散らばる音を受け入れることが出来なかった自分の気持ちの持ちようも良くなかったのだろう。400人のおそらくマルガサリのことをよく知らないであろう観客のことを意識しすぎたこと、演目の前のおしゃべりで、もっとリラックスしていい空気を作れなかったこと、そんなことも良くなかっただろう。公演が終わってから、反省が後から後から湧いてきた。そういったことが出来ていない姿を、大勢の人の前に晒してしまったといことが、重みとなってからだを床にめり込ませていく。

しかし、即興とはそういうことなのだ。そんなうまく行かないスリリングこそが即興なのだ。僕は、そのうまく行かないことのスリリングを味わってでも、即興にこだわっていきたいのだ、そう思えるようになって、なんとか立ち上がることが出来た。

10月4日。たんぽぽの家で、「SANZUI」の再演を行なった。ここは、月に2度訪れているし、観客は見知っている顔も多く、すごく暖かい。今日は、その場にあるすべての音や動きを受け入れようと思うことが出来た。とにかくリラックスして、感じて動こうと決めた。うまく音とからだが流れはじめた。途中で、障碍のあるアーティストである山野さんが客席から飛び出てきて踊り出した。僕は、「沫」や「瀑」になって、山野クンとぶつかり合った。途中からは、インドネシア芸術大学のスニョト先生とダンスを交代して、僕は楽器に入った。最後は、スニョトさんが床に転がって、僕とくんずほぐれつになった。波にもまれたコンブになっての大団円だった。

全身にのしかかった重みがずいぶんと軽くなった。明日は、大阪市立大学で夕方からコンサートだ。
(佐久間新)

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