Gamelan Marga Sari -Blog-

*ガムラン マルガサリ*のメンバーによるブログです.
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それからのオンさん
7月29日水曜日20時に、河原町御池でジャワ舞踊のレッスンを終えると、HIROSさんから着信が入っていた。もしや、と思って電話すると、オンさんがまだ待ち合わせ場所に着いていないと言う。

オンさんの経路はこう。
阪急京都線大宮?梅田で乗り換え?阪急神戸線三宮 乗り換え ポートライナー三宮?ポートターミナル駅?上屋Q2

なかなかのピクニックである。もちろん、梅田は事前に下見をしているし、三宮の乗り換えも経験済み。でも、ちょっと不安。大宮を出たのが、5時30分頃。2時間もあったら、着くはずなんだけど・・・。HIROSさんと久代さんは、ポートターミナル駅で待ちぼうけ。三宮で回らない寿司を食べるはずだったのに。8時30分まで待ってこなかったら、もう家に帰ろう、ってことにした。オンさんなら、なんとしてでもたどり着くだろうと。僕は、京都から家へと車を走らせる。

9時頃に、オンさんよりHIROSさん宅へ電話あり。ポートターミナル駅に着いたが、誰もいなかったので、埠頭で太鼓の練習をしていた青年を呼び止めて、携帯電話を借りたとのこと。僕が最終手段として、教えていた作戦だ。ポートターミナル駅から、もう一度ポートライナーに乗って、市民病院前駅で降り、ようやくHIROSさんのお宅へ到着。回らない寿司ではなく、ダイエーのパック寿司と焼酎で乾杯になったとのこと。オンさんは、運悪く大宮?梅田も、梅田?三宮も普通電車に乗ってしまったのだ。もちろん、説明はしたのだけど、初めて日本に来た外国人にとっては、字も読めないし、なかなか難しい。僕も、イギリスの電車では苦労したことがある。HIROSさん、久代さん、オンさん、お疲れさまでした。翌日、オンさんはQ2で子どもたちとワークショップ。

7月30日
インドネシア障害者芸術団(分かりやすいグループ名だ)が奈良の斑鳩ホールで公演。僕もゲストとして出演。前日に来日し、この日の昼間に、照明、音響、リハを一気に全部やることに。通訳が必要かもしれないと思い、早めに現地入り。11時30分に、西名阪法隆寺インターを降りる。少しいくといかるが牛乳の工場。「♪やっぱり、いっか るっが いかるが牛乳!」思わず歌ってしまう。もう少しいくと、田園に立派なホールが。
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楽屋に入ると、総勢16名のインドネシア人が慌ただしく準備をしている。貫禄のある婦人2名は悠然と腰掛け、恰幅のいいあごひげの男性1名テキパキと指示をだしている。とりあえず挨拶をすませ、様子を見ることに。仙台に指圧の勉強で4年滞在した視覚障害のメンバーが通訳をしている。勉強で滞在しただけあって、日本語はかなりうまい。視覚障害、聴覚障害、車いす、義足、そして障害のないメンバーが自然に互いにフォローしながら、リハを進めて行く。主催しているたんぽぽの家のスタッフとホールのスタッフは、やや振り回され気味で困惑しているが、海外のグループとの仕事なんて、そんなもんだ。どうやら僕の出番はなさそうなので、悠然とした婦人と客席でのんびりと見学した。この婦人、なんとハビビ元大統領の妹さんとのこと。このグループの支援者の代表として、ツアーに参加している。1998年、30年以上続いたスハルト政権の崩壊後、インドネシアの大統領は、ハビビ、ワヒド、メガワティ、そして現職のユドヨノと続く。ワヒドさんは視覚障害者、メガワティさんは女性、インドネシアはなかなか進んだ国なのかもしれない。

8時30分、公演は無事終了。
遠方にも関わらず、数名の方が楽屋まで訪ねてきてくれた。ありがとうございます。
今日は、大和高田のさざんかホールで公演です。無料です。

インドネシア障害者芸術団来日公演
The Indonesia Disabled Art & Culture Troupe

大和高田公演
日時 2009年7月31日(金)開場18:00 開演18:30
場所 さざんかホール・小ホール
主催 財団法人たんぽぽの家
後援 斑鳩町社会福祉協議会/大和高田市社会福祉協議会/(社)平城遷都1300年記念事業協会/奈良県ビジターズビューロー

詳しくはウェブで。
http://popo.or.jp/wataboshi_project/news/cat112/post_7.html

(佐久間新)
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お昼ご飯ですよ!
空心菜と牛肉の炒め、ジャワ風野菜スープ、茹でツルムラサキが机の上に並んでいる。僕は食べてしまったけれど、オンさんが散歩に出たまま帰ってこない。蝉が鳴いている。緑になびく稲の先に小さな穂が実り出したにおいを、湿った風が運んでくる。オンさんは帰ってこない。

車で探しに出ると、小川にかかった橋に腰を下ろして、なにやらノートに書き付けていた。車で帰らないかと誘ったが、もう少し・・・、と言うので、傘を渡して帰ってきた。オン・ハリ・ワフユさん、ジョグジャカルタのアーティスト。ジョグジャの郊外の村に住んで、アートでコミュニティの活性化を目指している。また、インドネシアの国民的作家プラムディア・アナンタ・トゥールの本の装丁したり、ジョグジャのストリートチルドレンを扱ったガリン・ヌグロホ監督の「枕の上の葉」ではアートディレクターもつとめている。今回は、ガムラン・エイドのイベントに参加するために来日しているのだ。

オンさんと、24日は、奈良の東大寺、春日大社、たんぽぽの家へ。27日は、領事館員と心斎橋でブラジル料理、京都で散策。そして昨日は、神戸でアンクルンコンサートを見学。なので、今日は一休み。夕方、オンさんを駅まで送って、僕は舞踊のレッスンをしに京都へ。オンさんは、JRで神戸へ。HIROSさんと合流して、三宮で寿司を食べるらしい。今晩からは、インドの笛バーンスリー奏者のHIROSさんのところへ泊まるのだ。我が家のオンさんが泊まった部屋のクレテック(丁字タバコ)のいい香りはしばらく残るだろう。

すると、なぜか廃品回収のトラックに乗ったおじさんともに、オンさんが帰ってきた。雨がぱらっと降ってきたのだ。なにかいいタイミングだったので、捨てるタイミングを逃していたテレビを引き取ってもらった。おじさんも喜んでくれた。来年になると、今使っているテレビも捨てないとダメになるんだろうか。日本中で捨てられるテレビは、どこへ向かうのか。そういえば、月曜日に、美術家の友人から、そういうテレビは中国へ引き取られていくんだと言う話を聞いた。循環不可能な物質に頼っている生活。全部を捨て去るのは難しいが、できる範囲でやりたいと思う。

オンさん!お昼ご飯ですよ。
(佐久間新)
ウロコ通信90 書きました

今日午前中、森の中を歩いていると、いつもとはちょっと違う空気。ひんやりした風が吹きはじめ、蝉と鳥の鳴き声がすこしざわざわとしてきます。曇っていたんですが、アナログカメラを覗いているような感じで、ジワァっと暗くなっていきます。見上げると、勢いよく流れる白い雲の向こうに、三日月型になったお日様がマッキントッシュのロゴみたいに白く光っています。少し経つと、日の暖かさがじんわりと首筋に回復してきました。

さて、公演情報です。ギリギリになってすみません。マンディ・サマサマに関しては、本番に向けて続報があります。
1件目。
大阪大学のコミュニケーションデザインセンターが中心となっているラボカフェに登場します。今年度、継続的に、僕が気になるからだのことをシリーズで
やっていくことになりました。今回は、その第2回目です。
からだトーク「日常の気になる動きを探そう」

日時 7月23日[木] 19:00?21:30
定員 20名(当日先着順・入退場自由)
場所:京阪電車なにわ橋駅地下1階 アートエリアB1(ビーワン)
無料

新聞紙を引き裂く、ドアノブを回す‥‥こうした暮らしの中のなにげない動きに、ハッとさせられたりグッと引き寄せられた経験はありませんか?今回は、ジャワ舞踊家の佐久間さんをガイドに、日常の気になる動きをコレクションしてみます。

http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/activity/view/338
http://www.artarea-b1.jp/schedule.html

2件目
奈良のたんぽぽ家が主催して、インドネシアの障害ある人たちがコンサートをします。その中で、僕はジャワ舞踊とお話をします。

インドネシア障害者芸術団来日公演
The Indonesia Disabled Art & Culture Troupe

斑鳩公演
日時 2009年7月30日(木)開場18:00 開演18:30
場所 いかるがホール・大ホール
大和高田公演
日時 2009年7月31日(金)開場18:00 開演18:30
場所 さざんかホール・小ホール
主催 財団法人たんぽぽの家
後援 斑鳩町社会福祉協議会/大和高田市社会福祉協議会/(社)平城遷都1300年記念事業協会/奈良県ビジターズビューロー

詳しくはウェブで。
http://popo.or.jp/wataboshi_project/news/cat112/post_7.html

3件目
2006年のジャワ島中部地震を契機として生まれた「ガムラン・エイド」の3周年イベント。
?マンディ・サマサマ 09「シェア!」?
ジャワ震災から3年、アートで大混浴 !?

とき:2009年8月1日(土)18:30?21:10、2日(日)11:00?17:00
ところ:CAP CLUB Q2
     神戸市中央区新港町4-3 上屋Q2
チケット予約・問い合わせ: 078-222-1003(CAP)(11:00-19:00/月曜休館)
              info@cap-kobe.com
主催:「ガムランを救え」プロジェクト、C.A.P.( 芸術と計画会議 ) 、Forum-7
後援:在大阪インドネシア総領事館、船場アート・カフェ
入場料: 8月1日---無料/ 8月2日---前売:2000円/当日:2500円(ジャワのキーホルダー付き/写真)

詳しくはウェブで。


暑くなってきました。夏バテには、ガムランが何よりです。
♪赤い鳥が逃げた
2週間ほど前、すごく天気のいい日に、家の前の坂道で車を洗車した。小桜インコのパリノもカゴから出してやった。車から滴り落ちる水滴で水浴びをした。そこら中を歩き回ったが、逃げていく様子はなかった。

今日はまずまずの天気だった。鳥カゴの掃除をした。パリノはいつものように窓枠に陣取り、外で飛んでいる鳥と鳴き声を競っていた。窓枠にこぼれたエサを掃除機で吸い取ろうとしたら、驚いたパリノが窓から飛んでいってしまった。

パタ、パタ、パタパタパタパタパタタタタタッ

15メートルほど先の桜の木にとまった。ヒナの時に羽を切っていたが、ちょっと生えそろってきたのか、思ったより遠くまで飛んでいった。スゴイ、スゴイ・・・。感心してる場合ではない。一大事。あわてて、ゾウリをつっかけて、桜の木に登った。しかし、よく分からない。もう一度2階の部屋へ登り、同じ高さから目を凝らすと、枝の先の方が揺れていた。桜の葉と羽の色が一緒だが、頭が朱色できれいに浮かび上がっている。

洗濯干しの長い棒を持って、再び桜に登った。パリノちゃん、いらっしゃい、と棒を近づけたら、

パタパタパタパタパタタタタタタタ

今度は、さっきよりずっと上手に飛んでいってしまった。土手の下にある栗の木の方だ。桜から飛び降りて、ゾウリで走ったが、追いつかない。また見失ってしまった。しばらく探すが見つからない。パリノ?、パリパリ?、と叫んでいると、栗の木のある家の奥さんが出てきた。すみません、お騒がせして・・・。と説明していると、パリリリリッ、と鳴き声が聞こえた。

カンジャさんの家の屋根の上でパリノが鳴いていた。下では、犬が吠えている。ブルブル怖そうにしている。こっち、こっちと呼びかけて、手を伸ばしていると、チョンチョンチョンと手の中に飛び込んできた。
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あ?、あ?、あ?、よかった。今頃、パリノはどんな夢を見ているんだろうか?
(佐久間新)

ワヤン(影絵芝居)の絵本
先日、福音館書店から絵本が届いた。数日経って、乾千恵さんからも届いた。

「山からきたふたご スマントリとスコスロノ」
http://www.fukuinkan.co.jp/detail_page/978-4-8340-2452-4.html

千恵さんとご両親が日本へ帰ってきたのだ。本は出来立てのホヤホヤ。2009年6月20日発行。ちょうど本が出来上がる頃、ジョグジャカルタで「ワヤン・フェスティバル」があり、乾家のみなさんはそれを見に行っていたのだ。去年に引き続き、ジョグジャの我が家に滞在された。電話で話した千恵さんのお母さんによると、宇宙支配の神様(ブトログル)の思し召しで、今回も奇跡の連続のようにいろんな方や出来事に遭遇されたそうだ。

僕が初めてジャワでワヤン(影絵芝居)を見たのは、1992年。泊まっていたソロの宿ジョヨクスマンからGL-PROというホンダの125ccのバイクに乗ってクラテンの村を目指した。近くに着いたようだが、田舎道は真っ暗で、会場が分からない。何せワヤンは厄よけなどのために個人の家で行われるので、目印がない。道端で、歯だけを浮かび上がらせて暗闇に溶けこんでたむろする若者にたずねたが、なんだか要領を得ない。気の良さそうなおじさんに声をかけると、ジャワ語でチンプンカンプン。当時の僕は、ジャワ語どころかインドネシア語も片言だった。それでも、何度も聞いたり、土の道に地図を書いてもらったりして、だいぶ接近してきたようだ。

バイクのエンジンを止めると、田んぼではカエルが鳴いている。夜風が涼しい。と、かすかに風に乗って、ガムランの音が聞こえてきた。音をたよりに近づいていくと、グンデルの音、ダラン(人形遣い)の声、そして観衆の笑い声が聞こえてくる。こんもりとした木々の向こうにはテントがあり、白熱灯が光っている。眼鏡をかけ、ひげを蓄えたダランが手に持った人形をクルッ、クルッと放り投げては見事にキャッチする。白い幕の前に置かれた大きな木の箱から、助手がドンドンと人形を出していく。張り付いたかと思った影は、スッと幕から離れ、別の空間へと飛んでいく。すると新しい影が彼方からピュッと飛んでくる。めまぐるしく、登場人物が入れ替わる。七色の声がそれを演じ分ける。ホォ??、朗々と歌いはじめたかと思うと、足の指に挟んだ小槌で、金属の板を打ち付け、ガムラン奏者たちにキューを送る。一斉に20人近い奏者が船出のようにガムランを漕ぎだす。夜半過ぎの道化が出て来るシーンでは、歌手の女性やお客さんにもちょっかいを出して、大爆笑をとる。そして、物語は、丑三つ時を佳境へ向けて進んでいく。明け方までダランの八面六臂の活躍は続くのだ。


あとがきで、日本ワヤン協会の松本亮さんがあるジャワ人言葉を書いている。
「よく外国のひとは、ワヤンはガムラン音楽や人形が美しい、と言います。でもそれだけじゃないんです。むしろそれは二の次で、ジャワ人たちは、ほんとうはダランの語る物語を聞いて、徹夜のワヤンに心をしめつけられたり、涙をながすのです。」

スマントリとスコスロノのふたごの物語。心がしめつけられます。車いすの千恵さんと、そしてきっと2人3脚でお母さんも一緒に作り上げた絵本。千恵さんのような人がこの物語を紹介することにもきっと宇宙支配の神様の働きがあるんだろうな。
(佐久間新)
ビリージーン
「ビリージーン」が発売された1983年、僕は中学2年だった。こんなにカッコいいダンスがあるのかと、友達の塗本クンとよく真似をした。

訃報を聞いて、you tubeで映像を繰り返し見てみた。何に引きつけられたのかと。今見ても、本当にカッコいい。そして、僕が考えるいいダンスやジャワ舞踊ともたくさんの共通点を発見した。脱力していて、音や衝動に突き動かされた一点を起点に動く。舞台の空気、気配を感じ、それが見るものに伝わるダンス。プロモーションビデオ、ライブ映像など見比べてみた。顔が変わっていくので、映像の年代がすぐ分かる。「オフ・ザ・ウォール」までのものは、歌手マイケルが曲に合わせて踊っている感じ。「ビリージーン」では、ダンスと音楽が一体化しはじめている。最近のになると、一般的にはダンスの完成度が上がっていると言われているが、僕にとっては、衝動的に踊る感じが少なくなってやや物足りない。80年代の「ビリージーン」は、どの映像を見ても、野生のカモシカが自分の力に身震いするように、何者かにおびえるように神経を研ぎすませ、生き生きと躍動している。しかし、90年代以降も、マイケルは、この曲で自分のダンスの多様性や自由度の限界にチャレンジしているかに見える。群舞をせずにソロに徹している。天才的な素材が、段々とテクニックを身につけ、ライブで自由自在にダンスしはじめている。テクニックの進歩による過剰な演出と衝動から来る素朴だけれど切実なダンスとがせめぎあっている。

「ビリージーン」でのマイケルは、振り付けを踊っていない。いくつかの振りのパターンを、ポケットやベルトに武器を忍ばせるようにからだに携えて、音楽や観客の興奮をその場で感じつつ、繰り出していってる感じなのだ。もちろん、巨額なマネーが投じられたショービジネスなので、予防線は張られている。例えば、前奏が始まってからの一連の部分。スポットの輪にスルリと忍び込み静止。ビートの律動に共振し腰が動く。左右にキックを入れ、クルッと旋回し、左右に足を組み替える。少し湾曲して傾いて直立し、重力に合わせてからだを一気に傾け、足をクロスしながら、帽子を飛ばす。あ?完璧!この部分はこうでしかありないので、どのコンサートでもほぼ変わらない。それ以降は、メロディの部分、サビへの移行部分、サビの部分、間奏ビートのみ、間奏ギターあり、など大雑把にとらえながら、武器を繰り出していく。即興だが、一定のルールがあり、曲の進行とダンスが相乗効果を作っていく。歌うところ。伸びやかに走るところ。盛り上がりに向けて急を告げるところ。盛り上がりの中の静寂。間奏でのテンションのキープ。そして最終兵器ムーンウォークが生み出すダンスのクライマックス。

即興的に踊りながら、自分も楽器の一つとして参加している感じなのだ。時折繰り出す叫び声、しゃっくりがビートを超えたビートを刻む。観客の声が場を揺り動かす。

繰り出される武器は、例えばこんな感じ、

サイドへのキック
正面へのキック
少し重心を落としての左右へのステップの組み替え

その場でつま先を床につけてのかかとを旋回させるステップ
その場で1回転 
その場で何度も回転
つま先立ちでストップ

髪を直す
耳をそばだてる
首を前後に振る 左右に振る
手のひらを前に向け掲げる
どこかを指差す
帽子を直す、投げる
手袋を付ける、直す
ジャケットを着る、直す、裾を払う
ベルトを直す
ズボンをたくし上げる
股間を押さえる

その場でおしっこが我慢出来ないように飛び跳ねる
その場でうずうずして我慢出来ないように駆け足する

スキップして走り回る
足を引きずるように歩く
モデルのようにつま先をひらひらさせて歩く

これらの武器を、衝動と音楽と場の気配を察知しながら、というか察知する直前くらいのタイミングで繰り出していく。そして、光と音と大観衆と一体化していく。

「言葉でより、ダンスの方がコミュニケーションしやすいんだ。」というようなことをマイケルが言ったと、中学生だった僕は記憶している。そのことの意味が段々分かってきた。マイケルが進んだ道とは、ちょっと違う道かもしれないが、僕は僕なりの新しい武器を探したいと思うし、あるいは、時には、集めた武器を全部投げ捨てなければならないこともあると思っている。
(佐久間新)
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